72 / 85

骨の名残(前編)01 義兄の死

 義兄が死んで、親友がおかしくなった。  俺にとっての義兄は、兄のような距離感の人ではなかった。親が再婚して兄弟関係にはなったけど、十歳も年が離れた義兄は当時既に働きに出ていた。  住んでいるところも実家ではなく、俺と両親の住む実家に帰ってくるのも年に数回だ。だから俺から見た義兄は、兄と言うより親戚のお兄さんぐらいの立ち位置だった。  兄弟仲は悪くなかったと思う。実家に帰ってくるたびに友人たちも誘って、義兄に遊んでもらうのが恒例になっているぐらいには親しく接してもらっていた。  だけどそんな義兄は死んだ。高所から足を滑らせた事故死だった。 「お兄さんのこと、残念だったね」  喪服代わりの学生服を着て受付をやっている俺に、親戚達はそうやって声をかけてきた。正直、義兄が死んだという実感は己の中になかった。彼はただ棺の中に寝転んでいるだけで、もう数時間もすれば起きてくるんじゃないかと薄らと思っていた。  気遣いの言葉を曖昧な表情で受け取り、俺は淡々と受付をこなしていった。  もうすぐお経が上げられるという頃になって、一人ぽつんと現れたのは親友の冬元だった。 「柳木くん、ええと……お疲れ様」  開口一番にこちらを労ってきた冬元に、乾いた笑いが出てしまった。 「はは、それを言うなら『ご愁傷様です』だろ?」 「うん、そうなんだけど……僕は、柳木くんの方が心配で」 「俺が?」  その言葉通り、冬元の表情は落ち込んでいるというよりは相手を心配しているように曇っていた。俺は自分の顔に手をやり、ぐにぐにと揉んでみる。 「……そんなに酷い顔してる、俺?」 「うん。今にも死んじゃいそうな顔してるよ」 「そっか……」 「うん……」  指摘されて初めて、自分が今にも泣き出しそうな表情をしていることに気付く。同時に、蓋をしていた感情が弾けるように一気に押し寄せ、俺はしゃがみ込んで机の陰に隠れるようにして涙をこぼし始めた。 「義兄さん、死んじゃったんだな……」 「うん……」 「事故死なんて、ホントバカ。ちゃんと気をつけろよ。いつもいつも俺たちには危ないことするなって言ってたくせにさぁ!」 「うん……」  冬元は受付側に回り込むと、俺の肩を抱いて、泣き止むまでじっと待ってくれた。普段は頼りない印象の彼にそうやって甲斐甲斐しくされていると、自分が本当に弱っているのだと実感する。 「ごめんな、冬元。お前も義兄さんには懐いてたから辛いはずなのに」 「いいんだよ。……辛いなら、お兄さんのこと忘れちゃいなよ。忘れて、幸せに生きていく方がきっとお兄さんも喜ぶよ」 「うん……」  鼻を大きく啜り、葬儀場の奥へと目を向ける。開け放たれた戸の先には大きく引き延ばされた義兄の写真が飾られ、たくさんの花がそれを囲んでいる。  その真下に置かれた棺の中で、穏やかに眠る彼の姿を思い出し、俺はまたじわりと滲んだ涙を手の甲で拭いた。 「……ううん、忘れることはないと思う」 「えっ」 「忘れちゃったら、俺の中で本当に義兄さんが死んじゃう気がするから。だから俺は、義兄さんのこと忘れようとはしないよ」  無理をして表情を明るくし、冬元に笑いかける。 「……そっか、そうなんだね」  冬元は寂しそうな顔で微笑んだ。その表情の裏には何故だか別の感情が隠れている気がして、だけど俺はそれを追及することはしなかった。他人を気にするほどの余裕は、その時の俺にはなかったのだ。

ともだちにシェアしよう!