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骨の名残(後編)07(終) 僕の断末魔

 歯を立てて、顎に力を込める。思ったよりは簡単に骨は砕け、何度か繰り返すうちに飲み込める程度の大きさにまで小さくなった。 「ん、ぐっ……」  硬く角張った骨の欠片を飲み下す。喉を通り過ぎ、胃へと落ちた骨の存在を、胃の上を何度も撫でて感じた。  あの男の一部を取り込んだ。僕はほんの少しだけ、あの男に近付いたんだ。  もう届かないと思っていた存在を支配下に置いた気分だった。このまま食べ進めれば、いつか僕は彼になる。そう確信できた。  彼になることができれば、全てが上手くいく。欲しかったものは手に入るし、なりたかったものになることができる。  続けて骨を取り出し、ガリガリと食べていく。飲み込み、腹に収めるごとに落ち込んでいた気分が高揚していくのを感じた。  胃の中で溶けて、あの男の一部が僕の体に染み渡っていく。生まれてこの方、ずっと心のどこかにあった劣等感が薄れ、根拠のない自信が胸の奥から湧き出てくる。  僕はもう、ただの僕じゃない。俺になりつつある7んだ。いつだって余裕たっぷりで、何でもできて、柳木に尊敬される義兄になっているんだ。 「ふふ、ふふふ……」  顔が、深い笑みの形に歪んだ。  なんだ。絶望する必要なんてなかったじゃないか。俺はもう敗者じゃない。勝者の側に立ったんだ。  とっておきのおやつを隠すように、骨壺にそっと蓋をして立ち上がる。  焦る必要はない。ちょっとずつ食べ進めていこう。義兄の骨を全部俺が取り込んで、俺が完全に義兄になったら、その後で柳木に会いに行こう。  あんなに義兄の死を悲しんでいた彼なんだ。新しい義兄の出現を、きっと喜んでくれるはずだ。  だけど、その目論見は途中で阻止されてしまった。自室に隠していた骨壺が何者かによって盗み出されたのだ。  いや、何者かではない。犯人は分かっている。俺の部屋を訪れた柳木が盗み出したのだ。状況的にそれしかありえない。  何故そんなことをしたのかは分からない。義兄の出現は彼にとっても喜ぶべきことのはずで、邪魔をする理由はないはずなのに。  困惑で立ち尽くしながらも、俺は身の内から込み上げる焦燥に苛まれていた。  どうしよう。俺はまだ義兄になりきれていない。まだ、弱い僕が己の中に残っている。そいつを消してしまう前に、骨を奪われるなんて。  臆病者の自分が、頭の後ろ辺りで何かを叫んでいる。  もうやめよう。そんなものに本当になりたいのか。うるさい。俺は強くなるんだ。強くなって、柳木を手に入れるんだ。義兄にならないともう、柳木は手に入らないんだ。  義兄になれば柳木は俺を尊敬する。俺の言うことは全部鵜呑みにして、恥ずかしい姿を晒して、何も知らない目が、手つきが、俺に奉仕して―― 「っ……?」  下腹部が鈍い痛みとともに熱を持つ。股間を触ってみると、今までろくに反応していなかった性器がはっきりと芯を持って持ち上がっていた。  膨らんだ陰茎を取り出し、恐る恐る擦ってみる。手を動かすごとに甘い刺激が脳へと届き、もうすぐ手に入る柳木の痴態を思い浮かべるとさらにその快楽は膨れ上がった。 「やなぎ、くんっ……大地くん、大地くんっ……」  彼の名前を呼びながら、一心不乱に自慰をする。ほんの数分で脳に伝わる快楽は最大へと達し、俺は腰をかくかくと振りながら床へと初めての吐精を果たした。 「はぁっ……はぁっ……」  床を汚した僅かな白濁を見て、俺は理解した。  やったんだ。今この瞬間、俺は僕を殺した。俺は、力強くて、彼を征服する権利のある男になったんだ。 「ふふっ、あはは……!」  高らかな笑い声が部屋に響く。今までの焦燥が嘘のように晴れやかな気分だった。  さあ、柳木を迎えに行こう。いつも通り彼の家を訪ねて、彼の家族の一員になろう。骨を盗むだなんて悪いことをした彼を責めて、寛大に許して、一緒に幸せな時を過ごそう。  曖昧な未来像を思い描きながら、俺は立ち上がり、歩き出す。  殺し損ねた僕の一部が、部屋に取り残されて泣いている気がした。

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