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勇者が死んだ(前編)01 勇者の死
勇者が死んだ。
死体を持ち帰るわけにはいかなかった。
勇者という存在の旅の目的は、王都から遠く離れた地にある城に住む魔王を倒すことだ。魔王は魔族と呼ばれる亜人の王であり、ヒト族の国を常に脅かしている。
そんな邪悪な魔王を討伐するために度々派遣されているのが、勇者とその仲間という精鋭部隊だった。
だが今代の勇者は、力量こそ本物だったが、人格面ではそこらの破落戸以下の人間だった。
街に着けば夜遊びをし、酒を飲み、女を抱く。その上、その行為に誠意はなく、何度もトラブルを起こしては王命を受けた勇者という立場を使って、何とかするような日々を送っていた。
勇者は、そんな奴の死に様としては相応しい死に方をした。
大口を叩いてその気にさせた夜の女に、毒を盛られて殺されたのだ。
朝になっても起きてこない勇者をヒーラーと一緒に見に行くと、既に奴はベッドの上で事切れていた。全裸で泡を噴き、女と折り重なるように死んでいるその姿は、おおよそ勇者には見えない有様だった。
「……アレクさま」
傍らのヒーラーに声をかけられ、俺はハッと正気に戻る。ヒーラーに目を向けると、首輪をつけた彼の瞳が「どうするか」と指示を待っていた。
そうだ。俺たちは現在三人パーティで、ヒーラーには自由意志はない。この状況にどう対処するかは、俺が決めないといけないんだ。
どうする。どうすればいい。仮にも王命を受けた勇者が夜の女に殺されただなんて、公にできるわけがない。死を隠蔽するか? いや、隠してもいずれは露見する。ただ事実を隠すだけでは意味がない。
俺は考えに考え、一つの結論へと辿り着いた。
「……埋めよう」
ぽつりと呟いた俺の顔を、ヒーラーがじっと見上げる。この無垢で哀れにすら見える生き物を守れるのは俺だけなんだ。そう思うと、これから行おうとしている非人道的な行為への勇気が湧いてきた。
「魔物の出る森に埋めて、わざと魔物に死体を食い散らかせよう。それを回収して、王都に持ち帰るんだ」
それは、死者の尊厳を冒涜する提案だった。だけどこれまで散々、あらゆる存在の尊厳を陵辱して生きてきた勇者の末路としては相応しいと思えた。そう思わないと、決意が鈍ってしまいそうだった。
ヒーラーは感情の読み取れない無表情な面持ちで、こちらをじっと見上げた後、淡々と答えた。
「はい、アレクさま」
意見も異論も述べず、危険な橋を渡ることに同意する彼の従順さに、俺は彼の肩を掴んで言い聞かせたい衝動を堪える。
お前の主人は、もういないんだ。もうお前は自由なんだ。
そう言いたいのに、臆病な己がそれを許さない。
名前すらも知らないヒーラー。長い耳に小さな角を持つ、飼い慣らされた魔族の青年。
彼の首輪を外したい。だがそれをしたが最後、正気を取り戻した彼は俺を殺し、この街に住む全ての人間も殺し尽くしてしまうだろう。
服従の首輪で自由意志を奪い、同族である魔族を殺す手伝いをさせてきたのだから当然だ。たとえ今目の前にいる彼の有様が哀れみを抱いてしまう無垢な存在に見えたとしても、それはその内側にある彼の尊厳を覆い隠す侮辱的な仮面でしかないのだ。
「……荷物をまとめて、死体と一緒に運びだそう。手伝ってくれるか?」
僅かな恐れを込めて問いかける。ヒーラーは少しの沈黙の後、小さく頷いた。
「はい、アレクさま」
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