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勇者が死んだ(前編)04 剣士の誓い

 勢いよく頭を下げる。戸惑いの声が聞こえた気がしたが、多分気のせいだろう。彼にはそんな情緒はないはずなんだから。  深く頭を下げたまま、何を言うべきかぐるぐると考えながら口を動かす。 「本当に、すまない。お前は好きでそんなことをしてるわけじゃないのに、自分だけはそんな劣情を抱いていないと言い訳をして、でもこんな目を向けてしまって、本当に、情けない、失礼すぎるっ……」  それは謝罪ではなく懺悔だった。自分は下劣な勇者たちとは違う。彼を一人のヒトとして扱っているのだと思いたいのに、彼の肢体を見た俺の体はどうしようもなく欲情を覚えてしまう。  許しが与えられるわけもない懺悔はいつまでも続き、沈黙に己が耐えきれなくなった頃、彼は浅瀬を踏んでこちらに歩み寄ってきた。 「アレクさま」 「あ、ああ、なん……んぐっ!?」  突然唇を重ねられ、口の中を蹂躙される。魔族特有の魔力を帯びた肌が俺の肌と触れ合い、絡められた両手の指をほとんど本能的に握り返してしまう。 「んぐっ……ぐっ……やめ、やめてくれっ……!」  彼の手を振り払い、肩を掴んで軽く押し返す。顔が真っ赤になっている自覚はあった。きっと初めてのキスをした町娘よりも、今の自分は狼狽えているだろう。  本当は慰めや許しにも思えるその行為を受け入れたかった。だけどそれを受け入れることは、今までの自分がよりどころにしていた良識を捨てるのに等しくて、理性を総動員して彼を拒絶する。  引き剥がされた彼は、心なしか不思議そうな顔でこちらを見上げていた。彼としてはいつもされている命令を遂行しただけなのだろう。どうしたらいいか分からず戸惑うのは当然だ。 「……すまない、でも違うんだ」 「アレクさま?」 「首輪をつけられた魔族であるお前にこんなことを言うのはおかしいかもしれないが……もっと自分を大切にしてほしい。お前が嫌だと感じることを、俺はお前にしたくないんだ」  矛盾した正義感をそのまま口にする。彼と旅をし始めてからもう半年が経っている。いかに複雑な事情を抱えた存在とはいえ、仲間としての情が芽生えるには十分すぎる期間だ。  ヒーラーはじっと俺の顔を見上げ、それからまるで怯える子を宥める母のように俺を抱擁してきた。彼の熱い体温がじんわりと伝わり、動揺で暴れ回っていた鼓動が落ち着いていく。 「……ありがとう、すまない、もう大丈夫だから」  そっと体を引いて、彼から一歩距離を取る。彼は光の無いうつろな目でこちらを見ている。  俺はそんな彼の手をそっと取って、指先にキスをした。  剣士の作法の一つだ。強い誓いを相手に捧げる時に行う、大げさなポーズ。俺は決意を込めてそれを行うと、迷う心を叱咤して、自分の為すべきことを口にした。 「お前が何者であっても、お前は俺の仲間だ。せめてこの旅が終わるまでは、お前の味方をさせてはくれないか」  祈りのように真剣に、彼に言葉を捧げる。そっと顔を上げると、そこにはいつも通り無表情の青年がいた。  だけど背後から差す朝の陽光のせいで、心なしかその顔には優しい色が混じっているようにも見えて、俺はその神々しさに見蕩れてしまう。 「はい、アレクさま」  ヒーラーはいつも通りの声色で答える。  魔族の領域を目前にしたパーティが、勇者とヒーラーと俺の三人を残して壊滅してしまったのは、その僅か一ヶ月後のことだった。

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