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勇者が死んだ(前編)05 呪い
「くそっ、あとちょっとで魔王に手が届くってのに、何なんだよッ……!」
全身に傷を負った勇者は、ヒーラーをもってしても解呪に時間の掛かる呪いに侵されていた。運良く呪いを受けなかった俺とヒーラー以外のメンバーは、勇者と同じ呪いにかかって戦闘中に死んでしまった。俺たち三人が生き残ったことそのものが奇跡だった。
その結果、ヒト族の住む最北端の町で身を休めざるを得なくなった勇者は、大いに荒れていた。
「何黙って突っ立ってんだ! 酒を持ってこい! 女も手配しろ! この街一番の美人を連れてくるんだよ!」
「……ああ、分かったよ」
怪我の具合はどうかと部屋を訪れた俺を、勇者はそう言って追い出した。ため息交じりに部屋から出ると、廊下の隅に座り込む生傷だらけのヒーラーが目に入る。
「ヒーラー、その……何か俺にできることはないか?」
返事がないことは分かっていても、聞かずにはいられなかった。
最近の彼は、荒れた勇者の苛立ちのはけ口にされていた。暴力を振るわれ、性的に虐げられ、日に日に彼の体の生傷は増えていった。
ヒーラーは虚空を見つめていた視線をゆっくりと彷徨わせ、ようやく目の前の俺の姿を捉える。
「アレク、さま……」
連日を喘ぎ声を上げさせられ、悲鳴を強要された声はすっかり枯れてしまい、疲労から目の下には濃い隈が浮かんでいる。
「っ……」
俺は堪えきれなくなった感情のままに、ヒーラーを正面から抱きしめた。
味方になると誓ったのに、それを全く果たせていない自分が情けなかった。どうすれば彼を助けることができるか分からず、悔しさだけが胸に押し寄せる。
「すまないっ……俺が、守らないといけないのに……!」
力一杯に抱きしめると、腕の中からくぐもった悲鳴じみた声が発せられた。
「うっ、アレクさまっ……」
「……す、すまない! つい力を込めすぎてしまった。怪我はなかったか?」
慌てて腕の中から彼を解放し、その全身をぱたぱたと触って無事を確かめる。服の上から触った限り、骨が折れたりしている様子はなく、俺は一旦ホッと息を吐く。
彼はそんな俺をぼんやりと見上げた後、流れるような動きで身を乗り出して、俺の唇を一瞬だけ奪った。
「……え、えっ?」
一秒にも満たない触れ合いの後、彼はあっさりと離れていく。訳が分からなくて呆然としている俺に、ヒーラーは薄く微笑んだ。
「アレクさま」
いつも通りの単調な声色のはずだった。だけど何故かそこには、親愛が込められているような気がして、俺の内側に数秒遅れて様々な感情が吹き荒れる。
口づけというきっと望んでいない形であったとしても、彼が微笑み、親愛の情を示してくれたという事実。それに対する喜びは確かに存在する。だけど今目の前で行われたこれは、別の意味も孕む行為だ。
服従の首輪の効果が薄れている。ヒーラーの自我が表面に出そうになっている。主人である勇者が弱っているからなのか、それとも他の要因があるのか。
どちらにせよ手放しに歓迎していい状態ではない。なのに俺の胸には無視できないほどの喜びが満ちていて、頭がおかしくなりそうだった。
勇者パーティというヒト族の希望を背負った人間として、彼の本性が解放されつつあることへのリスクは無視してはいけない。速やかに勇者か国に報告して対処するべきだ。でも――
「……ありがとう、気を遣ってくれたんだよな」
彼は言葉で答えることはなく、ゆっくりと瞬きをする。薄らと浮かんでいた彼の微笑みは、ほんの数秒後には跡形もなく消え失せていた。
気のせいだ。見間違いだったんだ。そう思うことで俺は問題に対する結論を先送りにし――そして、勇者は死んだ。
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