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勇者が死んだ(前編)06 偽装の出発
死体を発見してから数刻後、俺とヒーラーは荷物を多く載せた荷車を引いて、町を去ろうとしていた。
「おー! 勇者パーティの剣士さんとヒーラーさんじゃないか! 勇者さんの具合はどうだい?」
町民に気さくに声をかけられ、俺は震えてしまいそうな声をなんとか取り繕って答える。
「まだ解呪には時間がかかりそうです。今日は気分転換に、宿屋の主人の手伝いを兼ねて勇者を連れ出したところなんです」
「へえ、その大荷物は手伝いのためのものなのかい?」
「森の向こうにある町までこれを運びたいそうで。俺も体を動かしたかったので、ちょうどよかったんですよ」
荷物の中に俯いて座る勇者を見せながら説明すると、町民は納得し、ねぎらいの言葉を口にして去っていった。俺はその後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから、大きくため息をつく。
「はぁ……生きた心地がしないな」
その独り言に返事をする者はいない。傍らのヒーラーは自由意志を奪われているし、荷台の勇者は死んでいるからだ。
偽装をするといっても、誰にもバレないように完遂するのは難しい。そう判断した俺が最初に行ったのは、宿屋の主人の買収だった。
事情を話し、大金を積むと、宿屋の主人は条件付きで協力を了承した。
これは王国のための偽装だ、と言われたことを証明するための念書。それに俺がサインすることで、万が一事が露見したときのリスクを減らすという条件だ。
こちらに拒絶する選択肢はなかった。宿屋の主人に話を持ちかけた時点で、どんな条件を出されても飲まなければならないほど、こちらの立場は不利になっていたからだ。
せめてもう一人頭脳派の仲間が生き残っていれば、とも思ったが、考えても仕方のないことだ。俺は宿屋の主人から偽りの頼み事を受け、その荷物に乗じて死体を運び出すことにした。
勇者を生きているように偽装したのはヒーラーだ。ネクロマンスの知識を有していた彼は、俺が宿屋の主人と交渉しているうちに、勇者の衣服を整えて死体をベッドに座らせていた。
部屋に戻った瞬間は、まさか生き返ったのかと思ってひっくり返りそうになったが、すぐにネクロマンスによるものだと気付いてギリギリで叫び声を上げることだけは耐えた。
「……死体を運びやすいように気を遣ってくれたのか?」
俺の問いかけに、こくりとヒーラーは頷く。
今までの旅路でこうしてヒーラーが勝手に判断して動くことなど一度もなかった。その出来事が、彼の精神が自由になろうとしていることの証拠にも思え、俺は見て見ぬふりをしてきた恐怖を直視できずに表情を取り繕う。
「そうか、ありがとう。どうせだからこのまま、生きているように見せかけて森まで運ぼうか」
気分転換に連れ出すという言い訳を考えたのは、宿屋の主人だった。そういうことにしなければ、わざわざ呪いに侵された病人を森に連れ出すこと自体を怪しまれると言われ、俺は素直に感心してしまった。
「しっかりしてくださいよ、剣士の旦那。ヒーラーのお兄さんも、旦那がボロを出さないように見張ってくださいね?」
暗に偽装工作要員としては戦力外だと告げられ、俺はムッと顔をしかめる。だが事実なので反論もできずに、子どものように拗ねた気分になっていると、傍らのヒーラーが小さく声を出して笑った。
「……ふふ、わかりました」
簡素だが、間違いなく情動を含んだ一言。それが、近いうちに己に降りかかる危険の兆しだということは分かっていたが、俺はそんな彼の様子を見ることができた事実を心の底から喜んでいた。
彼が笑った。どうしようもなく追い詰められた状況だけど、彼が自然な笑顔を浮かべたという事実が、俺を有頂天にさせた。
この選択の先に何が待っているとしても、俺は仲間として彼の今の幸せな表情を喜びたい。
それは、己の指針である良識ゆえの思考であり、個人的に彼の幸せを願う一人の仲間としての感情でもあった。
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