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勇者が死んだ(前編)08 たすけて

 たった五文字。その短い言葉を耳で捉えた瞬間、俺は選択を誤ったことを悟った。  だとしたら、どうするのか。告発するのか。この場で裏切り者として処断するのか。少なくとも今の彼は、明確に自我を取り戻している。このままにしておくわけにはいかない。  こんなことを聞かなければ、俺たちの関係は変わらなかったのに。現実味のない疑いから発した言葉がまさか、真実を言い当てるなんて。  俺は石のように硬直しながら必死に思考を巡らせ――この場に来る前に出していた結論に、従うことにした。 「どうもしないよ」 「え……」 「そんなことより、渡したいものがあるんだ」  懐を探り、勇者の私物の中に隠されていた短剣を取り出す。禍々しいオーラを放つそれには、ヒーラーの首にある首輪と同じ紋様が刻まれていた。 「あまり詳しくないが……これは服従の首輪と対になっている鍵なんじゃないかと思うんだ。これを、お前に渡そうと思う」  短剣を差し出すと、ヒーラーは信じられないものを見るような驚きの目でこちらを見た。  当然だ。魔族である自分の罪を問わないばかりか、服従から解放しようとしているのだから。  俺は、自分のしようとしている大それた行為への緊張を誤魔化すように苦笑した。 「お前はもう十分に頑張ったと思う。今がきっと逃げ出すための最後のチャンスだ。首輪を外した後、もし俺を生かしておいてくれるなら――お前は、魔物との戦いで食い尽くされたと証言しよう」  精一杯、真摯な態度で俺は彼に語りかける。彼はおろおろと戸惑った後、小さく口を動かした。 「どうして」  彼の困惑は手に取るように分かった。俺自身、その問いかけへの答えを持ち合わせていないからだ。 「どうしてだろうな。勇者パーティの一員が魔族に肩入れなんかしちゃいけないのに……。どうか、これ以上は聞かないでくれ。俺もどうして自分がこんなことをしているのか、説明ができないんだ。……俺からもお前にこれ以上、『どうして』とは聞かないから」  小さく自嘲しながら、俺はまっすぐにヒーラーに告げる。ヒーラーは何か言いたそうにしばらく口を動かそうとした後、俺の差し出した短剣をそっと受け取った。  良かった。これで彼は自由になる。俺自身の安全は保障されないが、これでいいんだ。  バチン、と爆ぜるような音と共に閃光が走ったのは、その時だった。  小さな稲妻が散ったのは、ヒーラーの持つ短剣からだった。短剣を握りしめた彼は、目を見開いたまま彫像のように硬直した後、おもむろに短剣を鞘から抜き、自分の首へとその切っ先を向ける。 「――っ!」  咄嗟に名を呼んで制止しようとし、彼の名を知らないことに思い至る。俺はすぐそこにいる彼に腕を伸ばしながら、言葉にならなかった叫びとともに足を踏み出す。  今まさに自死しようとしている彼の口が、確かに、「たすけて」と動いた。

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