92 / 109
勇者が死んだ(後編)01 勇者を殺した理由
勇者を殺した。
理由は自分にもわからなかった。
僕という生き物が自我を獲得したのは、生まれてから十何年も経ってからだった。
ヒト族よりも成長の遅い体だからというのもあるのだろうが、おそらく一番の理由は生まれてすぐに首輪を付けられたからなのだろう。
服従の首輪。対象の自我を残したまま、言動を操る非人道的な忌まわしき呪具。物心もつかぬうちにそれをつけられた僕は、おおよそ自分の意思というものを持たぬまま、ただ刺激に対して反応する道具として生きてきた。
僕を飼っていた奴隷商は、そもそも僕に自我を与えるつもりはなかったのだろう。僕のような存在に自我を与えてもリスクにしかならない。そんな僕の自我の獲得は、悪意が招いた幸運な偶然だった。
「この……バケモノがッ! 出すぞ、全部飲めよっ!!」
「ん、ごっ………ゴッ、ごぼっ……♡」
奴隷商は見目の良い少年に成長した僕を娼窟に入れるために、手始めに口淫を教え込もうとした。僕にとって幸運だったのは、奴隷商は貴族の落とし子で高い魔力を有していたということと、僕の出自が夜魔の血を引いていたことだ。
「んぐっ……ご、ぐっ、ん………♡ ぷはっ……♡」
口の中に吐き出された白濁を飲み込むごとに、全身に熱と活力が染み渡る。同時に本能的に、自分が夜魔であり、他者から精を搾り取ることで力を得る存在だと理解した。
「オラッ! 飲み終わったら挨拶するんだよ! ありがとうございますってなぁ!」
「は、い……ありがとう、ございます……♡」
纏っていた雰囲気がただの人形から、高級娼夫のそれになったことに驚いたのだろう。奴隷商は動揺でしばし固まった後、目の前の僕に色欲の目を向けてにやりと笑った。
「なんだァ? お前、こんなことされて喜んでんのかァ?」
奴隷商は僕の肩を掴んで押し倒し、そのまま乱暴に僕を犯し始めた。
「そらそら! 勝手にイッてんっじゃねぇぞ! この淫乱が! ヒトのふりしやがって!!」
「あっ、ア♡ ン、あぁっ♡♡」
「ちんぽ突っ込まれて喘ぐのがテメェの役割だ! 心の底から思い知りやがれッ!」
「ひっ、ん、あっ♡ あーっ……♡」
脳を揺らす快楽に翻弄されながらも、僕は獲得したばかりの自我で冷静に考える。
今まで見聞きした知識は、自我がなくとも脳に刻み込まれていた。それを自我を用いて噛み砕き、自分の置かれている状況を理解する。
自分は夜魔と人間の間に生まれた忌み子。赤ん坊の頃からずっと服従の首輪をつけられ、見世物としてヒトに飼われてきた。成長し、娼夫としての価値を見いだした奴隷商は、僕を強引に犯して調教を施している。
そこまで理解した僕の胸の中に浮かんだのは、怒りでも憎しみでもなく打算だった。
憎悪はなかった。不当に従わされていたのは事実だったが、首輪がつけられていなければ生まれた時点でそもそも殺されていた。そう思えば、むしろ首輪に感謝すらできた。
自我の目覚めが遅かった弊害なのか、僕は極端なまでに合理的に物を考えるようになっていた。
従えられていることを悲観せず、むしろそれを利用して上手く立ち回る。逆に言えば、我欲というものがなかったのだろう。
自我が目覚めて数十年が経過し、持ち主が奴隷商から国へと変わり、勇者という存在のサポート役として技術を教えこまれて運用されても、僕には欲らしき欲はなかった。唯一ある性欲すらも客観的な事象でしかなく、全ては己が生き残るための手段でしかない。
そんな僕を変えたのは、アレクとの出会いだった。
ともだちにシェアしよう!

