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勇者が死んだ(後編)02 名を尋ねられ
「はじめまして、アレクだ。お前の名は――」
こちらの正体も知らずに、純粋に名を尋ねてきた精悍な顔立ちの男。勇者パーティの一員になるべく国に手配された彼を前にして、僕は生まれて初めて自分の名前というものを意識した。
奴隷だった頃は、個体識別は番号で行われていたし、勇者パーティの一員になってからもただ『ヒーラー』と呼ばれることしかなかった。
名前など、今の自分には必要のないもの。持っていたとしても呼ぶ人もいないのだから、そもそも名前に対して憧れを抱くこともなかった。
だけどアレクに名を尋ねられた瞬間、僕は胸の奥底からざわざわと何かが込み上げるのを感じた。
性欲にも似たその衝動を、僕は、名前を持っていないことへの焦りだと解釈した。
彼に名を伝えないといけない。名を伝えて、呼んでもらわないといけない。どうして? 他の仲間のように『ヒーラー』と呼んでもらえばいいのに。何故、彼に名前を伝えて、呼んでもらいたいと思うのか。
思い返せば、あれは恋だったのだと思う。初めて己自身を尊重し、名を尋ねてくれた人。僕は単純にも、たったそれだけのことをしてくれた彼に対して、恋に落ちてしまったのだ。
だけどその時の僕がそんなことに思い至るわけもなく、僕はいつも通り表面上の従順な面持ちでアレクを軽く見上げるだけだった。
僕が自分の気持ちの正体に気付くよりも前に、勇者は僕が何であるのかを紹介した。
「おい、帽子を取れ」
「はい、勇者さま」
否を唱えるという選択肢はなく、僕は言われるがままに帽子を取る。その下に隠されていたのは、魔族の特徴である耳と角だ。
アレクは目を見開き、僕が何者であるかを認識した。見下される。嫌悪される。魔族であるというだけで、人間である彼が僕を忌避してしまうのは当然のことだ。
だが僕が魔族だと知ってなお、彼の良識的な反応は変わらなかった。
「魔族……。だが、俺たちの敵は――」
勇者の旅の妨げにならないかという危惧。だが同時にそこには確かに、僕個人に対しての労りも含まれていて、その事実だけで心の底から舞い上がった気分になってしまう。
僕が下品な用途に使われていると知って、勃起してしまった彼を見ても幻滅しなかった。むしろ、好機だとすら思った。
好機。何の? 彼を堕落させるための。彼を手に入れるための。アレクという変わり者を自分のものにして、本能のままに精を搾り取るための。
彼に対して抱いた幼い好意を、種の本能だと解釈し、僕はその内に初めて芽生えた燃えるような欲望を自覚した。
彼を手に入れよう。そのためには何をすればいい? あらゆる人間から精を受け続け、ある程度の自由意志は維持できているとはいえ、体の支配権は依然、首輪にある。
首輪の今の主人である勇者の意にそぐわないことを自分はできない。なんとかして、勇者の命令と矛盾なくアレクを襲うことはできないか。
「分かった分かった、そんなに欲しいならたまに貸してやるよ。それなりに性技は仕込んであるから、男相手でも楽しめるぜ?」
渡りに船となる発言をした勇者に、僕は彼と出会ってから初めて感謝をした。
良かった。うまくいきそうだ。勇者があくまで主導権を握っているというのは気に食わないが、彼を手に入れるためならそれぐらいは我慢しよう。
無自覚のうちに己の中に急速に育っていく情緒と反骨心に気付かないまま、性欲を込めた目をこっそりとアレクに向ける。
だがアレクは、顔を真っ赤にしてそれを拒絶した。
「っ……、失礼する!」
踵を返し、足音荒く去っていくアレクを、僕は呆然と見送った。告白を無碍に断られた乙女のような気分だった。自分の有する最も価値ある部分である艶めかしき体を不要と言われたのが心底ショックだった。
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