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勇者が死んだ(後編)04 違うのに
アレクは僕がやってきたことに気付くと、目を見開いて硬直した。その顔が仄かに紅潮し、彼の股間が僅かに膨らんでいることに気付き、遅れてそれが自分があられもない格好をしているせいだと理解する。
精を受けた影響で首輪の支配は一時的に弱まっていた。今なら自分の意志で彼に迫ることができる。しかし、「拒絶されたらどうしよう」と思う臆病な気持ちから、すぐに積極的な行動を選ぶことができず、僕はただ彼の名を呼んだ。
「アレクさま?」
僕に呼びかけられ、彼の肩がびくりと震える。たったそれだけの意思の疎通で胸の内が温かくなり、もっと彼の名を呼びたいと思ってしまう。
もし自分に名があれば、彼に名を呼んでもらえるのに。そんなあり得ない妄想をしてしまうほどに、その一瞬は喜びに満ちた時間だった。
だがその時間を終わらせたのは、焦った様子で投げかけられた彼の謝罪だった。
「す、すまない!」
「え……」
勢いよく頭を下げ、彼は僕に謝る。ほんの一瞬だけ彼と心を通わせることができたという幻想が、音を立てて砕け散るのを感じた。
「本当に、すまない。お前は好きでそんなことをしてるわけじゃないのに、自分だけはそんな劣情を抱いていないと言い訳をして、でもこんな目を向けてしまって、本当に、情けない、失礼すぎるっ……」
続けられた懺悔は、彼の常々感じている本心を吐き出すものだった。その根底に流れているのは僕という存在を気遣う感情だ。だけどそれが恋愛感情によるものではなく仲間への倫理観によるものだということはハッキリと分かってしまい、僕はただ立ち尽くす。
報われない。悲しい。悔しい。どうして僕は彼にこんな感情を抱いてしまったんだ。
押し寄せる悲嘆の感情は、いつしか逆恨みとなり、いまだ頭を下げ続ける彼に対する仄かな怒りとなる。
もういい。そちらの事情なんて無視してやる。今なら自由に動けるんだ。この機に彼の体を手に入れてやろうじゃないか。たとえその後、二度と彼が僕に目を向けてくれなくても、それでいい。
半ば自棄な気分になりながら、僕は浅瀬を踏んで彼に歩み寄り、伏せられたその顔に自分の顔を寄せた。
「アレクさま」
「あ、ああ、なん……んぐっ!?」
下から覗き込むようにして強引に唇を奪う。舌を入れ、唾液を舐め取ると、己の中に強く快楽を伴う魔力の炎が灯るのを感じた。
嬉しい。ずっと好きだった人とキスをしている。数秒前までの悲嘆も怒りもどこかに消え失せ、生ぬるい海を揺蕩うような多幸感が脳を支配する。
だがその幸せな時間は、他ならぬアレクの手によって強引に中断された。
「やめ、やめてくれっ……!」
肩を押し返され、欲を交わし合っていた口づけが引き剥がされる。こんなに気持ちよくて幸せだったのに、どうして止めさせられてしまったのか。幸せで頭が鈍ってしまい、潤んだ目で彼の赤面した顔をただ見上げる。
彼は、苦虫をかみつぶしたような面持ちで重々しく言った。
「……すまない、でも違うんだ」
「アレクさま……?」
「首輪をつけられた魔族であるお前にこんなことを言うのはおかしいかもしれないが……もっと自分を大切にしてほしい。お前が嫌だと感じることを、俺はお前にしたくないんだ」
この期に及んで良識を語る彼の手は、細かく震えていた。
大丈夫なのに。僕は自分の意志でこの行為をしているのに。
そう伝えてしまえば終わる話だ。でもその一言を僕は言えなかった。言ってしまえば、自分が完全に首輪の支配下にあるわけではないということが露見する。それだけは避けなければならない。
バレてしまったら最後、僕はこのパーティにいられなくなってしまう。アレクと離ればなれにならなければいけなくなる。
それだけは、絶対に嫌だった。
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