96 / 109
勇者が死んだ(後編)05 パーティー半壊
僕は歪みそうになる自分の顔を隠すために、彼にそっと抱きついた。
悔しかった。もどかしかった。本心を伝えたら、もしかしたら受け入れてもらえるんじゃないかと思うほど彼は優しくて、本当はそれに甘えてしまいたかった。
でもきっとそれはただの思い上がりで、その妄想にこの先全ての人生を賭けるほどの勇気も確信も今の己にはない。
僕は、彼の体に顔を押しつけ、背に回した腕に軽く力を込める。
彼の体温を感じる。今はこれで十分だ。過ぎた欲を抱くべきじゃない。
そうやって自分を納得させようとしているというのに、僕からそっと離れていった彼は、こちらの手を取って指先にそっと口づけを落としてきた。
「お前が何者であっても、お前は俺の仲間だ。せめてこの旅が終わるまでは、お前の味方をさせてはくれないか」
顔を伏せたまま、真摯な声色で彼は問いかけてくる。
諦めようとした心に、その言葉はまるで愛の誓いのような響きで流れ込み、幸福で顔が緩んでしまいそうになるのを必死で堪える。
「はい、アレクさま」
顔を上げた彼に、淡々と答える。触れあった指先から魔力が伝わり、その温かさで涙が出そうになる。
この旅が終わるまでは。
その一言が呪いとなって発露したのは、そのわずか1ヶ月後のことだった。
その日、僕たちは強大な敵と交戦していた。深い谷に居を構える魔族の集団と、彼らが使役する魔獣の群れ。
多勢に無勢であるのはいつものことだった。たとえパーティの十倍はいる敵であっても、僕たちは何とか打ち倒してきた。だが、今回の敵の厄介なところは、特殊な呪いを行使してくることだった。
治癒魔法や防御魔法を張り続けなければ、命をじりじりと削る呪いに襲われる。不運にも、その数日前に後衛魔法の使い手は戦死していて、僕はたった一人でその対応に追われていた。
「お、お前魔族か! 何故魔族が我々の敵をする!」
敵の魔族がそんなことを喚いていたが、無視をした。魔族としての良識や仲間意識を問われても今更なのだ。
同族殺しを続けた己は、たとえ人間を見限って反逆しても、魔族に受け入れられることはないだろう。パーティへの愛着や忠誠心があるわけではない。僕が首輪の支配に甘んじているのは、自分の保身のためだった。
だからその日も、確かに苦戦はしていたものの、いつも通り敵を打ち倒して終わるはずだった。――勇者がとある言葉を口走り、それを僕の耳が捉えてしまうまでは。
「クソッ、もうすぐ魔王を倒して、このくそったれな旅も終わるってのによぉ……!」
旅が、終わる。
いつのまにか目前に迫っていたその時をはっきりと言葉にされ、僕は瞬間的に硬直した。
何故体が動かなくなったのか、最初は分からなかった。とにかくその言葉は自分にとってあってはならないもので、そこに近付くための行為を避けたいと、体を硬直させながら数秒遅れて強く思った。
時間にしておおよそ五秒。僕による守りの手が緩んだ僅かそれだけの時間で、パーティは半壊していた。
前衛の半数が呪いに侵され、その中には勇者も含まれている。主戦力である勇者の攻撃の手が緩んだことにより、残る仲間も順々に倒れていく。
「ヒーラー! 何してやがる! ぼさっとしてねぇで援護を続けるんだよォ!」
声を張り上げた勇者の言葉にハッと正気に戻り、僕は全力で治癒と解呪の魔法を全員にかける。
そして十数分後、ようやく決着はついた。敵は全滅し、こちらのパーティのほとんどを失うという形で。
「おい、ヒーラー! 皆を治癒しろ! お前ならできんだろぉ!? 人間には無理でもお前ならよぉ……!」
死屍累々の仲間の只中で、勇者は僕の胸ぐらを掴み上げる。僕は自分が何をしたのか、いまだに理解できていなかった。分かっているのは、僕と勇者とアレク以外の人間は全員手遅れだということだけだった。
呪いでボロボロになりながら僕を責める勇者を、運良く呪いから逃れたアレクはそっと諭した。
「……勇者、もうやめよう。俺たち以外、皆死んでしまったんだ。死んだ者はどんな魔法でも戻ってこない。たとえネクロマンスで体を動かしても、魂までは……」
「くそっ、くそぉ……!」
ともだちにシェアしよう!

