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勇者が死んだ(後編)07 苛烈な誓い

「ヒーラー、その……何か俺にできることはないか?」  数秒遅れて、それが自分に向けられた言葉だと気づき、僕はゆっくりと顔を上げる。そこにあったのは、心配そうに表情を曇らせるアレクの姿だった。 「アレク、さま……」  気力を振り絞り、縋るように彼の名を呼ぶ。このまま泣いてしまいたい。想いを伝えたい。だが自由意志を許さない首輪は、乾いてひび割れた唇を僅かに震わせるだけで、それ以上に何の行動も取らせない。  ああでも、自分の意志で最後に発することができた言葉が、彼の名でよかった。自分の名を呼んでほしいという最初の願いはついに叶わなかったけど、彼の名前の響きを舌の上で転がしただけで、まるで愛の告白を果たせたかのような満足感が胸に満ちる。  いっそこのまま自分というものが消えてしまえたら。そう思いながら瞼は閉じていき、暗闇の中に身を任せようとする。  そんな僕の体を、アレクは正面から抱きしめた。 「すまないっ……俺が、守らないといけないのに……!」  力一杯に抱きしめられ、全身の骨がミシミシと音を立てる。呼吸も苦しく、抵抗しようにも身じろぎひとつできない。だけど、僕はこの上なく幸せな気分だった。  彼の有する体温と僅かな魔力が、全身から包み込むように伝わってくる。壁の中に閉じ込められそうになっていた精神が魔力を得て徐々に力を取り戻し、肉体の支配権が僕の意識下へと緩やかに切り替わる。  奇跡だと思った。二度と開かない檻の中に囚われようとしていた精神が、最後の最後で自由を与えられたのだと思った。 「う……アレクさまっ……」  締め付けられる苦しみに喘ぎながら、彼の名を呼ぶ。すると彼はハッと気づいて、僕から離れていった。 「……す、すまない! つい力を込めすぎてしまった。怪我はなかったか?」  慌てて僕に怪我がないか確かめ始める彼に、喉の奥から愛しさが込み上げる。  これが最後の機会だ。彼に何かを伝えよう。僕の想いを、僕の罪を、僕が唾棄すべき邪悪であることを、だけどあなたをそこまでするほどに愛していたということを。  ――本当に? 本当にこれで終わりにしていいのか?  殊勝な覚悟を決めていた胸の内が、一気に冷える。本当にそれでいいのか。もっと望んでもいいんじゃないのか。折角手にしたそのチャンスを、自己満足の罪滅ぼしなんかに使ってもいいのか。  感情のままに動いていた思考が、僕本来の打算的なものへと切り替わる。  まだ僕に出来ることはあるはずだ。罪も罰もどうでもいい。そもそも自分は罪悪感なんてこれっぽっちも抱いていないんだから。  ぼんやりとアレクを見上げていた体が自然と動き、彼の唇をそっと奪う。 「アレクさま」  ほんの少しの感情を込めて、彼の名を呼ぶ。驚いて硬直する彼が愛しくて、うっとりと目を細めてしまう。  これは誓いだ。彼がかつて僕にしてくれたような、相手を守るための優しいものではない。この先、何が起きようと最後には彼を手に入れてみせるという、己への苛烈な誓い。 「……ありがとう、気を遣ってくれたんだよな」  見当違いの解釈をした彼の顔をじっと目に焼き付け、意識を首輪の支配の裏側へと潜伏させる。  今はまだ決定的なチャンスではない。全てが思い通りになるその時まで、反逆するための力を温存するんだ。  支配に身を委ねることへの恐怖を押し隠しながら、僕は己の意識を眠りにつかせ――次に気付いた時には、勇者はすでに死んでいた。

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