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勇者が死んだ(後編)08 事件の朝

 勇者が死んだ。僕が殺した。  夜明けとともに意識が浮上し、最初に認識したのはその事実だった。  珍しく一晩中責め苦を受けることなく、与えられた部屋で眠り、目覚めた。僕を虐げる代わりに、勇者は呼び寄せた懇意の娼婦とベッドを共にした。  今頃、彼は息絶えている。僕が媚薬と偽って、毒を渡した女と折り重なって。 「どうして……」  何の妨げもなく声が口から出て、驚いて首元に手を置く。服従の首輪は変わらずそこにあった。だけどその効力が弱まっていることは間違いなかった。  首輪の所有者が死んだからだ。魔力を供給する所有者がいなくなり、首輪という呪具の力が弱まっている。  咄嗟に首輪を外そうとし、思い止まる。今、首輪を外してしまったら、勇者を殺したのが僕だと周囲に思われてしまう。穢らわしい魔族が二人を幻惑して心中させたのだと言われても、僕は否定する言葉を持たない。それは、ある程度の真実を言い当てているのだから。  首輪に添えていた手を下ろし、僕は改めて自分の中の疑問に向き合う。  どうして、僕は勇者を殺したのか。恨みか? 憎しみか? 怒りか? 思い当たる感情を脳内で並べてみても、どれもピンと来ない。  確かに勇者は僕を虐げていた。だけどそれは奇妙な共生関係でもあったのだ。  首輪がなければ、僕に生きる場所はなかった。勇者の慰み者にならなければ、精を受けて正気を保つことはできなかった。  不満が無かったと言えば嘘になる。だけど僕という存在の思考は、瞬間的な感情よりも利害を優先するはずだ。  勇者を殺したのは、理性と感情が微睡む中、合理的に判断した自分自身だ。だけどいくら考えてもその真意に思い至ることはできなかった。  日が昇り、小鳥がさえずり、僕はやけに軽い体を起こして行動を始める。  どうして勇者を殺したのかは分からない。だが少なくとも、それが僕の仕業であると露見するのは良くないはずだ。  何も知らないふりをして、疑われないようにいつも通りの行動をしないと。  部屋を出て、宿屋の一階に降り、ちょうど水を取りに来ていたアレクと鉢合わせる。彼は軽く目を見開いた後、優しく微笑んだ。 「良かった。昨日はよく眠れたんだな。顔色がいつもよりずっとマシだ」  こちらの身を案じる言葉をかけてくる彼に、そのまま返事をしたくなる衝動をぐっと堪える。  彼と何気ない会話をしたい。それはまだ早すぎる。順々に偽装を重ねて、違和感のないタイミングになるのを待つんだ。  僕は開いてしまいそうになる唇に力を込めて耐え、ただ何の感情も乗っていない視線をアレクへと向けた。彼は気まずそうに目を泳がせ、それから誤魔化すように話を変えてくる。 「そろそろ勇者を起こしに行こうか。ちゃんと時間通りに起こさないと、朝飯を食いそびれたってうるさいからな」 「……はい、アレクさま」  緊張で、僅かに声を震わせながら僕は答える。  勇者の死体はまだこの目で確認していない。もし勇者が、犯人が僕であるというメッセージを残していたら。もし死んだというのが僕の思い込みで、目論見は失敗して、まだ彼らが生きていたら。  一階に来る前に様子を見ておくべきだった。怪しまれないことを優先したのは間違いだった。  焦りと後悔で早鐘を打つ鼓動を何とか押し隠し、僕はアレクと一緒に勇者の部屋を訪れる。 「勇、者……?」  ドアを開けた先に広がっていた光景に、アレクは呆然と立ちすくんだ。

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