100 / 109
勇者が死んだ(後編)09 悲壮な決意
泡を噴いてベッドの上で事切れている勇者の死体。同じく苦しみ抜いて死んだ女の死体。
それを見ても、僕の心には何の感傷も浮かばなかった。
今まで散々支配してきた勇者への憎しみも、それから逃れられた開放感も、巻き込んでしまった罪も無き女への罪悪感もそこにはない。あるのは事実として目の前にある死体に、どうアクションを起こすべきかという打算だけだった。
唯一胸に宿ったのは、手はず通りに二人が死んでくれたことへの安堵ぐらいだ。我ながら人でなしな感想だと思うが、そもそも自分はヒト族ではなかったことを思い出す。
僕のこの冷淡さが魔族由来の特性なのか、僕個人の有する狂気なのかは分からない。とにかく今気にするべきなのは、隣で固まっているアレクを促すことだけだ。
「アレクさま」
名を呼ぶと、僕よりも高い位置にあるアレクの頭がこちらを見下ろした。その顔に宿っているのは、深い困惑と焦燥、そして悲壮なまでの責任感だ
本当に真面目な人だ。口を開き、知恵を貸して彼を助けたいが、その選択は悪手だと、打算的な自分がそれを思い止まらせる。
ため息をつきたくなる。どうして自分は勇者を殺したんだ。どんな打算ゆえの行動だとしても、勇者の死だなんて僕たちにとって面倒なことしかもたらさない事象なのに。
自分自身を恨みながら、ひたすらに沈黙していると、アレクは震える声でハッキリと言った。
「……埋めよう」
何を、というのは分かりきっていた。勇者と女の死体を埋める。でも何のためにそんなことをするのかは理解できなかった。墓を作るということか。優しすぎるアレクがそう考えるのはおかしくないが――
意図が掴めずにただ静かに彼を見上げると、彼は冷や汗交じりに大それたことを口にした。
「魔物の出る森に埋めて、わざと魔物に死体を食い散らかせよう。それを回収して、王都に持ち帰るんだ」
一呼吸置いて、彼の提案の意味を理解する。つまり彼は、死体をわざと損壊させることで、勇者の死の真相を隠蔽しようとしているのだ。
彼の善良な心から出たとは思えない非情な言葉に、僕は一瞬硬直し、続いてその判断が彼の責任感ゆえになされたことだと理解して、じんわりと感激が心に広がる。
勇者という個人のためではなく、国の面目を保つために偽装を行う。合理的だ。賛成できる。己の中の彼の人物像から逸れた行動であっても、無理をして為すべき事を為そうとしている彼は愛しさを覚えるに値する。
「はい、アレクさま」
彼を守りたい。彼の力になりたい。いまだ震えながら、僕に縋るような言葉をかけてくる彼を支えたい。このまま、ずっと。
「アレクさま」
立ち尽くす彼の手を取り、勇気づけるように名を呼ぶ。彼の血の気の引いた手に体温を分け与え、大丈夫だと暗に伝える。彼は引きつった表情のまま、無理矢理僕に向かって微笑んだ。
「カモフラージュ用の布を調達してくる。お前は勇者の私物をまとめておいてくれ」
「はい、アレクさま」
僕が素直に頷いたことを見届け、アレクはフラフラと部屋から出ていった。
好機だ。勇者の荷物を漁って、首輪の鍵を探そう。すぐに首輪を外すわけにはいかないが、今後を考えればいつでも外せるように手元に置いておきたい。
だがいくら探しても、首輪の鍵は見つからなかった。後になって思えば、反逆を防ぐために首輪をつけた者の意識から、鍵となる物体の存在が外れるような魔法がかかっていたのだろう。
僕は結局鍵を手に入れることはできず、死体を運ぶ際の偽装のために、勇者と女の死体にネクロマンスの魔法をかけた。死体という大荷物を抱えて運び出すなど、現実的に考えて不可能だと判断したからだ。
ともだちにシェアしよう!

