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勇者が死んだ(後編)12 魔族の本能
勇者の遺した呪いが最悪のタイミングで作用していることを悟り、僕は全身から血の気が引く思いがした。
なんで、こんなことに。彼との旅を終わらせたくないと思ったことそのものが罪だったのか? その罰として僕は今、彼を失おうとしているのか?
柄にもなく罪への罰というものを意識してしまうほどの絶望。目の前で失われていく彼の体温に呆然としていると、苦しみで顔を歪めながらもアレクがこちらに手を伸ばしてきた。
「ヒーラー……逃げろ……」
「え……」
「もう半刻もすれば……日が暮れる……。血の匂いにつられて、魔物が姿を現す、時間だ……。このままここにいたら、お前まで……」
「でもっ……!」
視界が歪み、涙がこぼれ落ちる。生まれて初めて流した感情としての涙は、止め方が分からないまま止めどなく溢れ続ける。
アレクはまるで幼い子供を宥めるように、僕の目元にそっと触れた。
「俺なら、大丈夫だ……お前だって、知っているだろう? この程度の傷、俺は……ぐっ……」
「アレクさま……!」
大丈夫だなんて嘘だ。もし僕がここを離れたら、たったの一晩でアレクは骨と肉片になってしまうだろう。
僕は彼の胸に縋り付き、絶望で肩を震わせる。濃い血の香りが鼻先に近付き、目覚めてはいけない本能に火が灯るのを感じた。
「う、くっ……こんな、時にっ……」
押し込められそうになった反動で、魔族としての力が己の表面に現れる。
血が欲しい。人に噛みつき、全ての体液を啜って、己の力を取り戻したい。魔族としての本能に従って、目の前の手傷を負った弱い獲物を食らい尽くしたい。
「はぁっ、はぁっ……!」
ダメだ。そんなの、絶対にダメだ。大切な人なんだ。失いたくないんだ。こんな人でなしな僕のことを本当に想って、解き放とうとしてくれて、そんな人を食べるなんて、あっちゃいけない。
ああでも、本当に美味しそうだ。涎が止まらない。この男を喰らい尽くせば、首輪の拘束など簡単に破壊できると確信できる。こんな、素敵なご馳走を前に、なんで我慢なんて。
「……なあ、ヒーラー………」
か細く息をしながら、アレクが呼びかけてくる。僕は飢えた獣のようになっていた顔を見られたくなくて、顔の下半分を手のひらで隠す。アレクはそんな僕の体に腕を回し、そっと抱き寄せてきた。
「食べても、いいぞ……」
「え……」
「腹が、減ってるんだろう……? それでお前が救われるなら、それでいい……これはきっと、勇者の死体を冒涜しようとした、報いなんだ……」
抱擁されたせいで、傷口から滲む血が僕の服にべっとりと染みこむ。鼻につく血の匂いが脳を揺らす。
ほしい、ほしい、ほしい。
舌を突き出し、促されるままに傷口へと舌を這わせる。一度、その行為を始めてしまえば、もう止まらなかった。
「は……ふふっ、んむっ………」
「ぐっ……」
歓喜で目を蕩けさせながら、彼の傷口を抉るようにぴちゃぴちゃと舐める。その度に痛みで彼の体が震えたが、魔族としての腕力で抵抗する獲物を押さえ込んだ。
愛撫にも似た舌の動きで血を舐め取っていると、熱に浮かされる頭とは裏腹に、目の前で起きている異変を認識するだけの理性も徐々に戻ってきた。
執拗に舌の先で断面を抉っていたはずの傷口が、いつの間にか塞がりつつある。動きを止めて、そこを注視すると、傷口はまるで治癒魔法を受けた時のようにゆっくりと元通りに治っていった。
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