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四人目の客 ①
(ああ、またいる)
バイト先がある最寄り駅のホーム。黄色い線の外側に立ち尽くしていた女子高生は、電車が入ってくる瞬間にフラリと前へと倒れ込んだ。そこまで減速をしていない特急の電車に当たり、耳障りな音と共に体が爆散する。言葉通り、女子高生だったものが至る所へと飛び散った。先を急ぐ俺の足元にもそれは降り落ちる。ゴロリと転がった腕。それを無感情に跨いだ。
こういった現象はなるべく避けて通りたいんだが……時刻は午後5時の少し前、帰宅ラッシュが始まる直前。もうそれなりに人がいるせいで、本日は回避に失敗してしまった。
まあ、頭の場所は避けられただけ大成功だろう。恨みの籠った目で縋るような視線を向けられ続けるよりはマシってもんだ。自分で自死を選んだっていうのに、それを棚に上げて他者に助けを求める図々しさには嫌気がさす。関わった時点でろくなことは無い。死ぬほど付きまとわれたり、体調を崩して三日間高熱にうなされたり。とにかくメリットなしでデメリットばかりなことは、この十数年間で経験則として身に染みて理解ができていた。
過去の苦い出来事を思い返しながら、階段をリズミカルに駆け降り改札を抜ける。なんとなくスマートウォッチへ目を落として後5分でシフトの時間なことを知り、戦慄した。
「やっばい!」
俺にとっては、毎日自殺を繰り返すような地縛霊よりも、遅刻した時の店長の冷たい視線の方が何百倍も怖いのだ。
見えないはずのモノが見えてしまう。所謂“霊媒体質”になってしまったのは、ターニングポイントとしてあげた9つの時だ。
あの祠事件以降、なぜだかこういった輩が見えるようになってしまった。ぼんやりだったり、なんとなく感じるなんて生半可な物じゃない。気を抜いたら生きている人間と誤解してしまうぐらいには、しっかりと見えてしまう。だというのに、それ以上の能力はない。拳で殴って解決できればどれだけ楽だっただろう。
「おはようございます!」
「おー、あと2分だぞ~」
「すいません~!」
オープン前、動いていない自動ドアを手で開けて飛び込むと、既にレジ前には店長の姿があった。制限時間を言い渡されて、薄暗い店内の中をダッシュする。バックヤードに飛び込み、エプロンを腰へと巻いた。タイムカード片手に打刻機の前へと行けば、そこには先客がいた。じっと機械の前に立ち尽くして見下ろしている男。カチリと時刻が刻まれる音がして、デジタル画面には17時の表記。さっさと打刻して欲しいのに、その男はただじっとそこに立って機械を見下ろしていた。新人だろうか。
「あの~、すいません」
既に10秒が経過している。後50秒以内に打たないと遅刻扱いになってしまう。急ぐあまり、思わず声をかける。それでも、相手は動かずにいた。タイムカードの切り方が分からないのか?とりあえずは、先に自分の分を切ってしまいたい。
「ちょっと、」
どかして割り入ろうとした時だった。ふと、相手が一歩前へと踏み出す。頭二つ分ほど高くなったと思えば、そのままガクンと体が宙へと投げ出される。苦し気なうめき声と、何かが軋む音。それから、こちらへと向けられる顔。絡み合う視線。途端に全身に感じる悪寒。憎悪に似た強い感情を一身に向けられ、ただ、見つめることしかできない。
やってしまった。月末にこの場所に出る男の存在は知っていたはずなのに。遅刻に焦り過ぎて、目を合わせるどころか、話しかけてしまった。このまま飲まれてしまっては、バイトどころではない。
「あ゛~~ッ! シュウぴいるってことはセーフ?!」
「ッ?!」
慌ただしい音と共に事務所のドアが開かれたと同時に、女性の大声が響き渡る。その音で金縛りから解けた瞬間、目の前の男の存在が霧散した。途端に力が抜けて、みっともなくも体はその場へと座り込んでしまう。
「げえ、今日は間に合ったと思ったのに! うそでしょぉ、シュウぴぃい……」
俺の後ろから遠慮なく腕を伸ばした女性は、タイムカードを差し込んできた。特有の音が響き、忌々し気に印字された時間をひと睨みしてから、足元に座り込んでいた俺へと視線を向ける。長いネイルに、脱色した髪、それから派手なメイク。大きなカラコンが嵌っている目を大きく開けて、こちらを見つめて数秒。プッと吹き出して笑う。
「え、どした? 遅刻にショック受けすぎた?」
「まあ……そんなところ……」
「ウケる。たった3分だし、誤差誤差! てか、この機械、時間早くない? てか、カード切ったん?」
「あ、まだ……」
「やっば~! シュウぴマジウケる~、早く切んな~?」
こういう時、この女性、バイト先の同僚であるマキノの軽さに救われる。変な間ができても、空気ごと笑い飛ばしてくれる。
そういう人間は、今までの俺の周りにはあまりいなかった。彼女のお陰で、人とは少し違う感覚が顔を出したとしても、「まあシュウだし」と今の所は容認してもらえるようになった。
だけど、そんな恵まれた環境はほぼない。特に、集団生活を強いられる学校では、少しでも違う属性を爪弾きにする傾向は顕著だった。違う環境でリスタートしたくって、縋る思いで上京したけれど、そんな俺の希望はいとも簡単に打ち砕かれ……気付けば大学へ行くよりも、ここでシフトに入る方が居心地が良くなっていき、フリーターとして今を生きていた。
「おい、シュウ、マキノ、何やってんだ!」
店長の怒鳴り声に、二人で顔を見合わせる。「3分でピキってんだけど、ウケる」と笑うマキノは、同じようにエプロンを腰へと巻きつけると、長い髪をバンスクリップで簡単にまとめあげる。
「シュウぴ今日キッチン?」
「あ、いや、ホール」
「マジ? じゃあ一緒いこ~! ウチだけだと、てんちょメチャキレるんだもん~」
「マキノさんは常習犯だから」
「いや違うって! てんちょがあの機械早めてんだって!」
「そっか」
プリプリと怒る姿に笑いを零しながら、自分のタイムカードを切る。彼女の後を追うようにして、逃げるように事務室を出た。
正直、いつまでここでやっていけるか不安はある。結局は、自分自身を変えなければどうにもならないのだろう。そう理解はしても、未来を見据えることが怖い。一般人に擬態をして、見ぬふりをして。気のいい仲間に縋りながら、神経をすり減らしつつ日々を過ごすことが、今の俺の精一杯だった。
◆
「いらっしゃいませ~」
午後11時すぎ。ピークタイムも落ち着いた頃。入口から近い位置でテーブルを拭いていた俺は、来店を告げるベルの音で、反射的に振り返りつつ声を出していた。
視線の先には、既に出来上がっているスーツ姿の男たち。大声で会話を交わしている三人の後ろで、くたびれたように背を丸めた一人がフラフラした状態で立っている。酒が飲めないのに、付き合わされているのだろうか。不憫な人だなと思いつつも、客の方へと近づいた。
「あれ、もう合流するやついねぇの?」
「みーんなオマエのセクハラに耐えかねて帰ったわ~」
「んだよ、付き合いわりぃなぁ」
「あ、お兄さん、これで全員だから!」
「了解っす。ご案内しますね~」
好き勝手に喋る三人に愛想笑いを浮かべながら、先導して店内を案内する。中ほどのボックス席へと座らせてからキッチンへと向かった。
「ご新規4名様です~」
「水曜のこの時間で新規かよ~!?」
おしぼりとお通しの準備をしつつ声をかけたら、キッチンからはブーイングの嵐。それを笑いながら受け流しつつ、手早く盆へ人数分を載せてホールへと逃げ戻る。俺に文句を言っているわけではないけど、強い否定の言葉にはもやっとしたものを感じてしまう。これも、腫れ物扱いをされてきた経験故なんだろうか。
自己嫌悪に陥りつつも、足は勝手に先ほどの客の元に向かって動いていた。卓の前で止まり、テーブルの上に提供していると、笑い合っていた三人が怪訝そうな表情でこちらを見上げてきた。何か粗相でもしてしまったのだろうか。最後の一つを手前の席に出し終わってから視線で問いかければ、一人が苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「え~っと、お兄さん? どうしたの?」
「何がでしょうか……?」
「なんで一個多いわけ?」
「え……?」
手前、左側。ずっと黙りこくっている、くたびれている男が座っている席。そこへ視線を走らせて絶句した。薄暗い店内では気付けなかったが、明かりの近いテーブルへと座った男の姿が今はっきりと見える。
猫背だと思っていたのは、背筋がまっすぐにできないから。フラフラしているのは、体のどこかが機能していないから。人の形を保ってはいるものの、変な方向へと曲がっている腕と足。ところどころ黒くなった服を着ているそれは、一瞬で飛び降りなのだと分かった。
どうしてこのグループについてきているのかは分からない。それでも、一番関わってはいけないタイプのモノであることだけは判断ができる。そいつがゆっくりと、こちらへと顔を向けてくる。
その先で、霊の隣に座っていた男が避けるように奥へと寄るのが見えた。まずい。またやらかした。慌てておしぼりとお通しを回収しながら、乾いた笑顔を浮かべた。
「すいません~、いやあ、お客さんたちのちょっと後ろに綺麗なお姉さんが一人いたように見えたんですけど、お連れさんじゃありませんでした?」
「え、お姉さん? どんな?」
「ん~、こんぐらいの茶髪で、ぴったりした感じの服着てましたけど」
「あ、もしかしてミニスカ? この辺ホクロあった?!」
「そうッス!」
「げえ、マジかよぉ~」
「なになに?」
「この前のソープの子かも! オレのこと気に入っちゃってさぁ」
「はああ?! なんだよ、その話!」
「いや待てって、店内いっかな~? ちょっと探してくるわ」
勝手に盛り上がり始めた客にほっとする。歓楽街の近くには、当然そういった店も多い。道行く女の人の特徴で都合よく勘違いをしてくれたようだ。「注文はタブレットで」と早口気味で伝えてから、逃げるようにその場から歩き出す。ドクドクと、心臓が異様な速さで脈打っている。手汗をエプロンへ拭いながら速足で角まで向かい、曲がるタイミングでもう一度その卓へと振り返った。既に、そこには下品に笑う三人組の男の姿しかない。
どこかへ消えたのだろうか。後味が悪い気もするが、これ以上関わり合いを持つことの方が良くない。とりあえずは、良しとしよう。そう結論付けて、俺は踵を返した。
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