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   眠くてだるい体を引きずりながらベッドへと戻る。けれど、このまま二度寝を決め込むほど俺の神経は図太くない。カーテンの隙間から差し込んでくる朝日を眺めながら、枕元に放置していたスマホへと手を伸ばす。時刻は4時を少し回った頃。ロックを解除して、溜まった通知画面を表示させた。  購入時にチェックを外し忘れたショップからのメルマガ、クーポンのために追加したラインからのお知らせ、興味のない芸能ニュース……どれも見ることもなく通知を消していき、最後に残ったSNSの通知を開き、昨晩のやり取りが残る画面へと指を滑らせた。  この体質になってから、一番の頼りになったのはネットの世界だった。中でも、リアルタイムに呟くことのできるこのアプリでは、似たようなものを見る相手とゆるく繋がることができた。くだらない日常から、出くわした怪異、注意喚起まで幅広く話すことができる唯一の相手……オカルト関係で知り合ったフォロワーの朧へ返信を打ち込んでいく。 【@syuuu:てか聞いてくれ~~ 久しぶりに重いの当たりましたわ】 【@___oboro:マジ? シュウそつなくこなすのに、珍しくね?w】  数分も経たないうちに返信がきて驚く。こんな早朝だというのに起きているのかと思い、彼が深夜帯でのバイトに入っていたことを思い出す。生活サイクルが近いのもあり、距離が縮まったんだった。 【@syuuu:笑い事じゃないんスわw】  軽い口調で茶化してくる彼と同じようなノリで、再び返事を打つ。確かに恐怖体験ではあったが、こうやって気を紛らわせることができて、肩の力が抜けてくる。しばらく軽口のやり取りを繰り返してから、スマホの画面を暗くした。朧と話して、大分楽になった気がする。 「ひと眠りしとくか」  いつも昼頃まで寝ている体が、睡眠不足だと告げてきた。重くなる瞼を擦りつつ、大きな欠伸を漏らす。今日も夕方からはバイトがある。まずは、しっかりと体を休めよう。タオルケットの中へと潜り込み目を閉じると、思ったよりもあっさりと意識は沈んでいった。 「お、シュウぴじゃん! おっつ~」 「マキノさん。お疲れ様」  バイトの休憩中。狭い事務所でまかないの雑な焼うどんをつついていると、勢いよくドアを開けて入ってきたのはマキノだった。昨日の今日で少しだけ気まずいと思ったのは俺だけのようで、彼女は何事もなく向かいの席へと座る。手にしていたコンビニの袋から豆腐バーを取り出すと、豪快に齧り付いていた。 「シュウぴ今日はキッチンだったんね」 「補填要員だよ」 「なる。そいや休みいたわ~」  正直、あの席へ近寄りたくなかったから、ホールへ出る必要のない配置だったことに安心した。そんな内情を汲めるはずもない彼女は、ペットボトルの水を煽りながら、そう言えばと切り出す。 「シュウぴこそ大丈夫なん?」 「うん、昨日はごめん。迷惑かけちゃって」 「別にいいって~」  軽く手を振りながら笑う彼女は、じっと俺の手元を見つめながら再び豆腐バーを齧る。深夜飯は太ると言いつつも、気になるのだろう。鉄板をマキノの方へと押しやると、キラキラと輝いた目で見上げてきた。 「いる?」 「シュウぴい~~、マジでいい奴ぅう」 「チョロいなぁ」  嬉しそうに焼うどんを頬張る彼女に小さく笑い、ウーロン茶で口の中をすっきりさせながらスマホへと手を伸ばす。朧からの返信が来ていた。 「てかさ~」  通知画面で内容を確認している俺の耳が、箸で麺を持ち上げていたマキノの声を拾った。上げた視線の先では食事をしつつ会話をしていたので、再びスマホへと戻す。 「元気ならいいんだけど、マジでヤバイ時はちゃんと言いな~?」 「うん」 「シュウぴたまにガチで顔色ヤバい時とかもあるよ?」 「そうなの?」 「てんちょに言いにくいならウチから言うし」 「大丈夫、自分で言えるよ」 「ホント大丈夫そ~?」  朧へ簡単な返信を送信してから、視線を上げる。話しながらスマホを弄っていたことに気に悪くすることもなく、幸せそうに頬張っていた彼女の名前を呼んだ。きょとんとした顔でこちらへと視線が戻される。 「その、ありがとう」 「どーいたしまして」  カラッと笑う彼女から鉄板が返ってきた。渡した時より半分程減っているのは、目を瞑ろう。  昨夜のようなこともなく、無事にバイトは終わった。いつも通りに終電でアパートに帰ってきて、シャワーを浴びる。冷蔵庫から冷えたペットボトルを取ろうと中を覗いた時だった。  ピンポン。  あの、無機質な音が部屋へと響く。ビクっと大きく肩が揺れ、息を殺す。冷蔵庫が放つ低い音だけがする室内。気配を伺う俺の元へ、もう一度チャイムの音がした。  昨晩のアレではないのか。静かに冷蔵庫を閉めて玄関に続く廊下へと向かい、明るい玄関をじっと見つめ続ける。 「宅配で~す」  くぐもった声と共に、男の声がした。  体の力が一気に抜ける。 (なんだ、宅配かよ……)  安堵感に息を吐き、ドア前まで近づいた。チェーンを外し、鍵を開けようとして、ふと妙なことに気付く。 (今、何時だ?)  正確な時間は分からない。けれど、終電で帰ってシャワーを浴びて、一息ついて。少なくとも深夜1時は回っているはずだ。 (この時間に宅配? おかしくないか?)  そっと鍵に触れていた手を引き、ドアスコープへと顔を寄せる。覗き込んだ先には、暗い金属製の手すりと床。人の姿は、どこにもない。  危なかった……まさか、こんな偽装までしてくるなんて。明らかに今までの奴らとは違う。このまま開けていたら、どうなっていたか。あの男の異質さに身震いをした。  最初こそ、二日連続で現れた怪異に警戒をしていたが、外が明るくなってきて、生活音がするぐらいになれば、自然と力は抜けていく。偽装をした訪問以降、特に何も起きることもない。天気予報士を呼ぶ女子アナの声により切り替わった画面には、薄暗くもしっかりとした朝の風景が映し出されていた。 「はい! 現在はまだ落ち着いていますが、発達した低気圧の影響で、今後雨が降る予報になっており……」  明るい声で続く予報。なるほど、薄暗いと感じたのは、雨の予報だからなのか。  幸い、今日と明日は休みだ。特に出る予定もないしゆっくりしよう。そう決めれば、睡魔が押し寄せる。  目を閉じて眠りにつくと、次に目が覚めたのは昼もすっかり過ぎた頃だった。  空腹を訴える腹に耐えかねて、ベッドから抜け出す。戸棚を漁れば残り僅かな袋麺を見つけ、鍋へ水を張った。沸騰するまでの間、暇つぶしにフリマアプリを開き、スクロールをしていく。数ページほど切り替わった時、最近ハマった漫画のフィギュアを発見し、タップ。何枚にも渡る商品説明の画像をスライドさせていく。箱は無いがいい状態で、手軽な値段で購入ができるようだ。  購入に悩んでいると、お湯の沸く音がする。用意していた袋麺をひっくり返し、ついでに卵を割入れる。今の時刻を確認。3分の待ち時間にじっと悩んで、結局は購入ボタンを押してしまった。  テーブルと化しているPCデスクにどんぶりを置き、椅子に座る。数口すすっていると、テーブルに置いているスマホが震えた。朧からのメッセージだ。 【@___oboro:そういえば、あの後なんもない感じ?】 【@syuuu:いや、宅配偽装で凸された】  突拍子もなく変わった話題だったが、実際に進展があったのは確かだ。素直に昨日の出来事を報告してから数分。再びの通知は、リプライではなく個別で送られてくるDMの方だった。  朧とDMをする時は、怪異に進行形で困っている時が圧倒的に多い。だが、稀に事が起こっていないうちから注意するように促される時がある。朧曰く、勘だと言っていたが、それは必ず当たるのだ。 【@___oboro:なあ、シュウ。マジな話、玄関開けちゃ本気でヤバイと思う。ばあちゃん仕込みのお札ってまだちゃんとある?】  悪ふざけは一切なく、真面目なトーンで打ち込まれた文字。どんな状況だったか詳しくは説明していなかったのに、警戒をしている朧の勘の良さは流石だ。麺をつついていた箸を置き、立ち上がる。言われた通り、玄関脇の棚の上。小物が置けるような凹みとなっている所へ貼られたお札を確認した。  古びたソレを留めていたテープが片方弱まっていたのか、半分程垂れ下がっている。垂れ下がっているから効力が落ちるなんてことはない。それでも、気分はあまり良くはない。一度部屋に戻り、丸めたセロテープで補習をしてやる。それを写真で撮ってDMへと添付した。 【@syuuu:大丈夫、健在。朧がそこまで言うならヤバイんだよな。注意する。ありがとう】  俺の返信にすぐ既読がつくと、サムズアップのスタンプが返ってきた。普段目にする奴らと比べ物にならない男に目を付けられた、それだけはしっかりと認識が出来ている。何が目的なのかは分からないが、これが俺の切り札だからこそ、確認だけは怠らずに過ごしていこう。  ◆ 「やっばい! 遅刻だわ!」  スマホのゲームに熱中していたあまり、時間が過ぎていることに気付かなかった。普段はもう最寄り駅についている時刻。慌ててハーフパンツからジーンズへと履き替える。スマートウォッチを身に付け、二日前に置いたきりだった鞄をひったくる。クーラーの電源を落としてから玄関へと駆け込んだ。脱ぎ散らかした靴に手こずっていると、ピンポンと来客を告げるチャイムの音がした。 (こんな急いでる時にまたアイツかよ?!)  外へ出られないなんて死活問題だ。八つ当たり気味に玄関のドアを睨みつけてから、数日前のフリマアプリの存在を思い返す。そういえば、発送連絡が届いていたはずだ。 「はい!」  思い当たるチャイムに慌てて答えはしたが、靴が履けない。目の前なのに手こずる自身へ怒りを覚え、乱暴に踵を踏みつぶした状態で開錠し、勢いよくドアを開けた。 「って、あれ?」  夏の終わりかけ、少しだけ暮れ始めてはいるがまだまだ明るい外。見慣れた廊下には、やはり誰の姿もない。手間取っている間に車に戻ってしまったのだろうか。ドアに手をかけ左右を確認するが、やっぱり人影はない。  まさか。嫌な想像がよぎった俺の尻が、振動を拾う。何度も震えるこれは、確実に店長からのラブコールだろう。取り出したスマホの画面に居酒屋の店舗名を認め、即座に通話ボタンをタップした。 「マジですいません! 今から家出ます!!」 『あ、家だったか』 「すいません~、ダッシュで向かいます!」 『どっかでぶっ倒れてるんじゃないかってみんなうるさくてな。とりあえず、気を付けて来いよ~』 「ありがとうございます! 失礼します!」  肩で電話を挟み込み、玄関の施錠する。踵へ指を入れて靴を履きながら全速力で駆け出した。

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