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🎼Lesson10《改・はじめてのデート!》

 数日後。ふたりはデートをやり直すことにした。 「あれはあれで初デートとしていいけどな。キスもできたし?」と茶化す仁を一睨みする奏だが、結果としてすっぽかす形になってしまった負い目もあった。──というのは建前だ。実際、奏は仁と向き合うたび、胸の奥が落ち着かない音を立てることに気付いていた。それが何なのか知りたくて──奏は、やり直しのデートを承諾した。 🎼Lesson10《改・はじめてのデート!》  突き抜けるような青空が広がる。  遠くの方に巨大な夏雲はあるが、雨は降らないらしい。  今度は奏の家へ迎えにきた仁とふたり、真夏のアスファルトへと踏み出した。  陽気な彼が連れて行ってくれる場所の想像が付かず、奏は悩みに悩んでイヤホンをそっと耳に入れた。仁は何も言わず、双眸を細め微かに笑みを浮かべて奏を誘導する。手を繋いだら即座に振り解かれたので、泣く泣く誘導するだけにしたのだ。 「あっちぃ……! 地球さん、どうなってんの」 「暑いって言うから暑い……こともないな、やっぱ暑い……」  帽子をかぶってくれば良かった、と照り付ける太陽を恨みがましい目で見上げて仁の後へ続く。てっきり大通りを街中の方へと進むのかと思いきや、仁が選んだ道は川の傍の遊歩道だった。  アスファルトとは違うタイルで舗装された小道の脇には、桜の街路樹が果てしなく並んで奏に緑のカーテンを提供してくれている。  街路樹の反対側を流れる川も、幅こそあれど水流は緩やかで清涼さに拍車を掛けていた。  近所にこんな道があったのかと物珍しそうにあちらこちらへ視線が動く奏に、立ち止まった仁が振り返る。そして辺りを見回してから、両手の人差し指で耳を指し示した。 「イヤホン、取ってみる? ……試しにさ」と仁の口が動く。  その提案に奏はたじろいだ。 「でも……」と言いかけて押し黙る。  仁が周りへ視線を向けたのは、子供や車といった急に大きな音を立てる可能性があるものが居ないことを確かめるためだ。近道の大通りではなく静かな遊歩道を選んだのは、奏の警戒心と緊張を解くため。  奏は気付いていた。仁が喋るとき、出来るだけ声を抑えて落ち着いた声音を使ってくれることに。大きな物音を立てないよう、いつもより緩慢に動いてくれていることに。  そのすべてが、仁の優しさが、胸の奥を柔く締め付ける。やはりこれも奏の知らない感覚だった。甘くむず痒いような、ふわふわと風に流される風船のような──とにかく言葉に出来ない気配が、奏の心臓の辺りを漂っている。  その落ち着かない感じを振り払うように、奏は随分と迷いあぐねてから恐る恐るイヤホンを外した。 「わ……ぁ……!」  夏の風が青葉を揺らす音──それが、翡翠色の波紋の〝かたち〟だということを初めて知った。  川のせせらぎ、鳥のさえずり、遠くに聞こえる快活な笑い声──世界が生まれた音だ。 「グリーグっぽくね? この感じ……ペール・ギュントの《朝》!」  息を呑むほど美しい音たちに呆気に取られている奏を、仁は嬉しそうに見守りながら問う。その笑顔があまりにも眩しくて、奏の胸の奥がまた妙な音を立てて騒ぎ始める。  こんなにはっきりと奏の耳に届いているのだから仁にも気付かれてしまうかも、と奏は取り澄まして歩き出した。「そう? ベートーヴェンの《田園》じゃない?」と仁の横を通り過ぎる時、負けじと付け足すことを忘れずに。  他愛ない話を繰り返しながらふたりだけの遊歩道を行く。取っている講義の話、晃と瑛二の話、コーヒーショップの新作の話──取り留めのない言葉が仁の唇から笑い声と一緒に零れ落ちる心地良さを、奏は初めて知った。  仁と居ると初めてなことばかりだ。  妙に胸がドキドキ弾んで落ち着かない。  けれど、奏はそれが嫌ではなかった。  遂に遊歩道の終着点が見えてきた。その先にどん、と聳え立つのは石造りの立派な建物だった。 「ここ……美術館……?」 「そ。今いいのやっててさぁ……奏と行きたいなーって。はい、チケット」 「《展覧会の絵~音と絵画の巨匠たち~》……? なにこれ、面白そう……!」  仁が差し出してきた紙に目を落とす。レシートのような形の紙に印刷された流れるような文字を、声に出して読み上げた。  それぞれの絵画に寄り添うように、選び抜かれた楽曲が添えられている展示のようだ。  奏の好奇心を大いに煽る内容で、思わず足が早まった。

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