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🎼Lesson14《酒は飲んでも飲まれるな・後編》

🎼Lesson14《酒は飲んでも飲まれるな・後編》  ヘラヘラしてて掴みどころがない軽薄な男──それが周りが思う仁だ。  来るものは拒まないが去るものも追わない。一期一会といえば聞こえがいいが、人に執着しないのだ。音や声、言葉が〝色〟として見えてしまう性質上、嫌悪も諂媚も筒抜けになってしまうから。  そんな仁が奏に太刀打ちできず、たじろいでいる。  徳永の中で急速に仁のイメージが更新されていった。 「ふふ、仲良いんだね」  思わず口に出てしまった徳永の言葉に、奏はキョトンと呆けてから照れたようにはにかむ。 「そ……かな。そう見える? ……んへへ……嬉しい」  これは仁も気が気ではない。  ただでさえ、飲み会の席では珍しい奏だ。そこに注目が集まっていないわけがない。  今もどこかで男女問わず、誰かが奏のこの無防備さに胸をときめかせているはずだ。仁は無意識に牽制するような視線をぐるりと広間に向ける。  誰も彼もが怪しく見えて焦燥感が募る。この感情が何なのか──気付かないほど仁は子供ではなかったが、たやすく認められるほど大人でもなかった。 「奏? 奏くーん? ちょーっと飲み過ぎじゃねえかな? お水飲みましょーねー?」 「んぐ……こどもあつかい、するな」 「してねえから困ってんだろ……」 「?」  何を見せられているんだろう、と徳永の方が恥ずかしくなってくる。目の前のエンターテイメントを眺めながら枝豆を手に取り一粒押し出した、その時。 「徳ちん、そのふたりは生温か~~~く見守るのが正解だよぉ」  どこからともなく瑛二が現れる。ハイボールのグラスを片手に、ふらりと奏の隣に腰を下ろした。そして一升瓶を小脇に抱えておきながら、まったく顔に出ていない晃まで姿を見せる。 「おお……だいぶ出来上がってるな、秋森……ちゃんと水飲めよ」  ふたりとも違うテーブルで盛り上がっていたはずだが、やはり奏のことが心配だったのだろう。けれど、奏の口の中にエビフライを詰め込む瑛二の顔にありありと含み笑いが刻まれている。  酔っている奏はともかく、仁が気付かないわけがない。だが、気にしたら負けだと素知らぬふりを決め込む仁に、瑛二が先制攻撃をしかけた。 「ね? やっぱ恋だったでしょぉ?」 「ッだぁから! ちげーって……!」  唐突に切り込む瑛二。  間髪入れず否定する仁。  往生際が悪い仁を見守る晃。  そしてぽんやりと揺れている奏。  三者三様の反応を示すテーブルにつく徳永は、そっと奏へ水の入ったグラスを差し出した。当事者であろう奏を置き去りに白熱していく仁と瑛二の攻防を、間に挟まった奏はどう思っているのか。……どうもこうも酔っ払っていてそれどころではなさそうではあるが。 「なぁんでそんな頑固かなぁ……認めればいいじゃん! かなぴ、可愛いでしょ」 「……可愛いよ」 「守ってあげたいなーって思うでしょ!」 「ずっと思ってるよ……!」 「好きでしょ!」 「好きだよ! …………あ」  ついに瑛二の張った罠に転がり落ちる仁。  勝ち誇った面持ちでグラスを掲げる瑛二が良い仕事をしたとばかり、ハイボールを一気に飲み干す。  悔しそうに頭を抱える仁はヤケ酒のつもりか、ジョッキを空にして追加を頼みながら叫んだ。 「くそ……っ! ハメられた!」 「ふふーん! さすが俺! ……ていうかさ、何がそんなに嫌なわけ? 何で認めたくないのさ」  まさか本人が真横に居る状態で告白まがいな言葉を、尚且つ瑛二に乗せられて口にしてしまうとは思わなかった。  仁はちらりと奏の様子を窺った。  相変わらず頬を緩ませ、晃が差し出す枝豆をもぐもぐと咀嚼している。可愛いと思う反面、他の男に餌付けされているような状況が面白くない。  瑛二が指摘するように、恋だと認めたくない仁なりの理由がある。据わりの悪い思いを抱えながらポツリと呟いた。 「……コントロールの効かない状態は……こえーだろ……」  ずっと仁が追い求めてきた〝完璧〟。  恋は──いや、奏は、それを容易く不完全なものに変えてしまう。  彼の焦げ茶色の瞳が、柔らかい笑い声が、仁の心をかき乱す。  染み込むような優しい〝青〟を持った奏を想うだけで、堪らなくなる。  抱き締めて閉じ込めて、奏が「こわい」と思うすべてのものから守ってあげたいと思う。  けれど、それはできない。  認めるわけにはいかない。  それは、仁の世界が崩壊することと同じだからだ。 〝完璧〟であることを軸に生きてきた自分には何も残らない気がして躊躇ってしまう。  だからといって、その役目を他の誰かに譲りたくもない。奏が誰かに向ける音が、恋の〝色〟をしていると想像しただけで──。  八方塞がりだ。  こんなに苦しいのなら、淡く芽生えた感情なんて見て見ぬふりをするのが一番だ。そうに決まっている。 「……ヘタレ……」 「おい、聞こえてるからな」  それ以上何も言えず、仁は運ばれてきたビールごと言葉を喉奥へ流した。  と、そこへ。もどかしさごと流し込んだビールを危うく吹き出しかける衝撃が仁の肩に乗った。 「おい、仁! 飲んでるか!」 「うおっ!? びっ……くりしたぁ……何だ、お前も参加してたのかよ」 「仁も来てるなら言えよ、全然気付かなかったぜ」  唐突に奏の瞳に映る〝かたち〟が増える。  仁や瑛二によく似た軽やかに弾ける〝かたち〟を持つ男が、仁の肩に腕を乗せていた。  仁に負けず劣らず派手な髪色は太陽の色だ。金混じりのオレンジがチカチカと揺れている。見た目の強さはあるが、笑うと尖った犬歯が見えて人懐っこい印象を与えた。  その彼が仁の隣でほわんとした表情でグラスを握る奏に気付いた途端、固まった。ひゅっと喉が鳴った音に気付いた仁の眉間に皺が寄る。嫌な予感がひしひしと押し寄せたのだ。 「えっ……誰? やば、かわい……」 「おい、理央( りお)。誰に何を言ってんだ、奏に近付くな」  仁の予感は的中した。  理央と呼ばれた男が、仁の向こう側から身を乗り出すようにして奏を見つめている。その頬が赤らんでいるのは握っているビールのせいか、別の意味を持っているのか。 「えと……こ、こんばんは……?」  絶賛「友好の輪を広げようキャンペーン」中の奏は辿々しく頬を緩めてはにかむ。  その顔は駄目だと仁は慌てて二人の間に身体を捩じ込んだ。奏の無防備な笑みは、男を殺す可能性を秘めている。相手が酔った男なら尚更だ。  しかし流石は仁の友人だ。仁のバリケードをものともせず、ヒョイと顔を覗かせては奏が持っているグラスに自分のジョッキをコツンと当てた。 「何だよ、いいじゃん。俺にも挨拶させろって……はい、カンパーイ!」 「か、かんぱい……」 「こんな可愛い子、うちの大学に居たんだ。仁の友達? ピアノ科の子? 俺の弟もピアノ科だよ! ていうか俺とも仲良くしよ! 理央って呼んでよ」 「え、あ、う、っ理央……くん?」 「奏、覚えなくていいから」  あまり人と話すことに慣れていない奏を余所に、理央が捲し立てる。その声が嫌な〝かたち〟をしていないからか、大いに戸惑いはあるものの奏は必死に話を合わせた。けれどやはり気後れしているのだろう、仁の身体の影に隠れるように縮こまっている。  その様子に胸の奥が甘く締め付けられ庇護欲を刺激される仁ではあったが、恋だと認めるわけにいかないと自分を戒めた直後だ。  独占欲を剥き出しにはできない。  それでも仁の左腕は本人の意思とは相反して勝手に動き、誰にも触れさせないとでもいうように奏の背中に添えられていた。 「……あれ? もしかして仁と奏くん、デキてる?」  理央が察しの良さを披露する。 「デキてねえし奏の名前を呼ぶな」  即座に仁が応じる。  いつの間にかぐでんぐでんに酔っ払っている瑛二が、晃に凭れ掛かりながら「時間の問題だよ~」と声を上げた。

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