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🎼Lesson15《月夜のデュエット》
「早坂ぁ……送り狼とか、洒落になんないからねぇ?」
晃に完全に身を預ける瑛二が真っ赤な顔で仁をからかう。
奏を背負いながらそれを聞いていた仁は、眉間に皺を寄せることで無言で応えた。
🎼Lesson15《月夜のデュエット》
二次会に流れていく集団から逸れて、今まさに帰路につこうとしている四人の周囲を、赤ら顔の人々が行き交っている。
仁の背中で寝息を立てる奏の赤ちゃんのような顔を直視してしまえば、瑛二の揶揄どおりになってしまいかねない。仁は努めて理性をかき集めたけれど、背中が熱くて、どうしても意識がそちらに向いてしまって仕方なかった。
晃と瑛二に別れを告げて自宅へと足を向ける。奏を起こさないように、心地良い寝息のリズムを崩さないように、いつもより少しゆっくりと歩く仁は奏と出会ってからの日々を思い出していた。
野良猫のような警戒心。
懐に入った者への無防備さ。
傷付いた心を守るためのイヤホン。
傷を抱えてもがく儚さ。
けれど俯かない気高さ。
真っ直ぐな眼差し。
無垢な音。
──好きにならない理由がない。
生ぬるい風が頬を撫で、じわりと背中が汗ばむ。離れた繁華街ではまだ夜は始まったばかりだと、人々の笑い声がいろんな〝色〟で溢れていた。
雲ひとつない夜空に浮く月から、光が降り注いで仁の頬を滑る。
ふいに、抑えきれず仁の唇に乗った歌が、静かな帰り道に零れた。「君が笑うと世界が立ち止まって夢中になる」と、忍ぶような声で紡がれるメロディは背中の奏へ向けられている。
それは自分でも分かっているが──まだ、受け入れられない。
「Just the way you are……」
「んむ……ぅ……? ぶるーの、まぁず……?」
「! 起きたのか……気分は?」
「……アルコールで溺れそう」
慣れてないのに飲み過ぎだ、と仁の静かな笑い声に合わせて揺れる肩に奏は頬を擦り付ける。
(きもちいい……もう少し眠ってたら良かった……)
ぼんやりとした頭で、布一枚隔てた仁の硬い身体の感触を堪能している自分に気付くや否や、奏は恥ずかしくなったのか「降りる」と呟いた。
名残惜しさを感じながらも両足で地面を踏み締める。けれど、どこかぐにゃりとした感覚に一瞬視界が傾いた。予期していたのだろう伸びてくる仁の腕に両手でしがみついて事なきを得たが、いつもよりずっと近い距離に心臓が暴れている。
「っ……あ、ありがと……」
「ん、いや……本当に平気か? もう少しおんぶしようか」
「んーん……一緒に歩きたい」
奏のまろい頬を月影が撫で、ほんのりと赤い顔を照らしている。
仁の胸のうちを愛おしさが占めていく。
これ以上は駄目だと理性が訴えるが、もう少し触れていたいと本能が唆かす。
そっと深呼吸をひとつ、何とか理性に軍配が上がるものの本能もまだ隙を窺っているようだ。その証拠に仁の大きな掌が奏の手を包んだ。
「えっ!? な、なに!?」
「んー? 酔っ払ったら俺がお持ち帰りするって言っただろ? ……どっか行かないように捕まえとかなきゃ」
「……ばか」
いつもの奏の「ばか」が甘さを孕んで仁の鼓膜を擽ぐる。仁は何でもないふりをして奥歯を噛み締めた。
そして繋いだ手を解くことも、振り払われることもなく再びゆったりとした足取りで帰路につく。
アスファルトに並んで伸びるふたりの影を視界の端に捉えながら、奏は仁の背中をそっと盗み見た。
男の人の大きな背中。
自分の手を丸ごと包めそうな掌。
Tシャツから伸びる逞しい腕。
振り向けばきっと唇の端をそっと上げて笑ってくれるはず。「どうした?」って低くて穏やかな、はちみつみたいな声で。
(ああ……好きだなぁ……)
奏が初めての恋を知って日は浅いけれど、染み込むように何度も「好き」を自覚させられる。
喉の奥がきゅっと詰まって心臓のあたりがそわそわして、大きな声を出したくなるような変な感じ──奏は夜道で大声を出す羽目にならなくて済むよう、仁の背中で聞いたブルーノ・マーズを囁くように口ずさみながら歩き続けた。
ぴく、と指先を跳ねさせた仁が複雑そうな顔で一瞬だけ振り返ったが、すぐに前を向き直す。
そして数秒遅れて、静かな月夜の晩にデュエットを忍ばせるのだった。
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