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🎼Lesson17《走り出せ!》
「待って!? ちょっ……待って! え、え、ええええ!? そ、それからどうなったの……まさか……!?」
「どうって……気付いたら朝だったけど?」
「朝チュン!?」
「あさ……何?」
講義を終えた昼下がり、瑛二の声がカフェテリアに響き渡る。
🎼Lesson17《走り出せ!》
飲み会から数日が経っていた。
おそらく晃から「デリカシーのないことを聞くなよ」と釘を刺されていたのだろう瑛二が、ついに我慢できず爛々と輝く双眸を奏に向けている。
仁に持ち帰られた飲み会の後どうなったのか、瑛二に訊ねられるがまま素直に受け答えしていた奏は、その勢いに瞠目した。
「や、だからぁ……もう! 言わせんなってぇ!」
「……?」
「秋森、瑛二はな……セックスしたのかって聞きたいんだと思うぞ」
「セッ……? ……!? し、してない! してないよ! ばか! 昼間っから何言ってんの!」
「いや、むしろ何でしてないんだよ! その流れで!」
危うくハニーレモンソーダを噴き出すところだった。奏がは首筋まで真っ赤に染めて慌てて否定する。けれど、それに被せるように瑛二が吠えた。彼のポップコーンのような〝かたち〟をした声が弾けてビリビリと鼓膜を揺さぶった。
「な、何でって……別に付き合ってる、わけじゃ……」
「でも好きって言われたでしょ!?」
「……言われてない」
「……ワンモア?」
「す、好きって言われてないし……言ってない」
唖然とした顔の瑛二が身を乗り出したまま固まっている。晃でさえ、サンドイッチを持つ手が止まっていた。
先に我に返った晃がしゃく、とレタスを噛みちぎる小気味良い音を立てて考え込んでいる。そしてサンドイッチひとつ分、じっくり黙考を重ねて口を開いた。
「秋森は……早坂のことが好きなんだと思ってた」
好きじゃなかったら何なんだ!と声を上げた瑛二の口に、シナモンロールを押し込み黙らせてから、晃がもう一度重ねる。
「早坂と付き合いたい……とか、そういう『好き』じゃないってことか?」
「……分かんない。こんなの初めてで……でも晃とか瑛二に思う『好き』とは違う気がする」
「そうか……」
シナモンロールをやっとの思いで飲み込んだ瑛二が「アオハルか!」とあまりの甘酸っぱさに開いた口に、晃が今度は自分のサンドイッチを押し込んだ。
「俺が思う特別な好きってさ、基本的に一枠しかなくて。……秋森は、早坂のその枠を誰かに譲れるか?」
考えながら口に出す晃の言葉が、奏の心にするりと入り込む。
仁の掌の熱を、くしゃりとした笑みを、十五センチが近付く瞬間を──奏以外の誰かが一番近くで知る。
(そんなのやだ……)
想像しただけで胃の奥がツキリと痛んだ。
生まれたばかりの「好き」をどう育てていいのか、そもそも育てるべきなのかどうか──それ分からなかった奏は、晃の指摘に詰まっていた息をそろりと吐き出す。
ストローで吸い上げたハニーレモンソーダが、まるで奏の心を表してくれるかのように甘酸っぱく弾けて喉を下っていった。
「……答えは出たみたいだな」
「うん……ありがとう、晃。でもあいつは……どう思ってるのかな……」
自分の気持ちの行先を明確に意識した奏の視線が、テーブルの上のパンケーキへと落ちる。ふかふかのパンケーキから滴る蜂蜜が、あの夜の仁の声の〝かたち〟を思い出させた。甘くて蕩けそうな声だった。ふたりしか居ない静かな部屋なのに、囁くように奏の名を呼ぶのだ。
(あーだめだ……思い出したら顔熱くなってきた……)
暗い部屋の中で艶やかに弧を引く仁の唇、熱っぽく細まる瞳──その姿を頭の中から追い出さんとばかり、奏は真っ赤な顔で頭を横に振る。シャツの襟元を指先で摘んで、ひとつボタンを外した。身体から熱を解放するために空気の循環を促す。
それを見つめていた瑛二が口を開いた。
「なんかぁ……えっちな顔してるとこ悪いんだけどさ、どう思ってるのか本人に聞いたら?」
不名誉極まりない言葉が聞こえた気がする。が、瑛二の指先が向く方へ促されるまま顔を向ければ、中庭の向こうに仁の姿があった。次の講義に向かうのだろう、理央や他の友達と別館へと歩いているようだ。
こちらに気付かないまま行ってしまうと思ったが、機転を効かせた瑛二が上げた声に仁が反応した。そしてその視線が声の主を探そうと辺りを彷徨ってから此方へと向けられる。
「早坂ぁ! はーやーさーかー! あ、ほら! かなぴ! 早坂、気付いた……けど、あれ?」
先に大きく手を振ってくる理央に応えるように奏も控えめに手を振り返してみるが、仁は一瞬顔を強張らせたあと口元でぎこちなく笑うだけだった。
「……何だか様子がおかしいな」
「何だぁ? あいつ……かなぴにちゅーかましといて照れてんのかぁ?」
もやり、胸に渦巻く不安にふたりの声も耳に届かない。
奏は一瞬の逡巡のあと、ハニーレモンソーダを半分残したまま勢い良く立ち上がると鞄を引っ掴んだ。そして「追いかける!」と一言残してから小走りに駆けて行ってしまったのだ。
逃げる理由より、確かめたい理由の方が大きかった。
内向的な今までの奏からは想像もつかない行動力に、晃と瑛二は目を丸くして互いに顔を見合わせた。
仁を捉える奏の瞳に、迷いは見えない。
ふたりはその背中へ向けてエールを送るように破顔した。
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