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🎼Lesson20《クレープ、わたあめ、嵐の前》

🎼Lesson20《クレープ、わたあめ、嵐の前》 「奏くん、甘いの好き? りんご飴食べる? 俺、買ってくるよ」 「は? 奏はいちご飴派だろ。ていうか俺が買うし」  即座に奏と理央の間に身を割り込ませる仁が答えた。  どっちも好きだと口を挟めない奏が、戸惑いとともにふたりの顔を見上げる。  仁はともかく、なぜか理央までもが過保護な状況だ。もちろん嫌な気はしないし、ただ単に距離が近い人なのだろう。仁とは方向性が違うが、同じ星のもとに生まれた──つまり根っからの「陽キャ」という部類の男だ。 「俺は奏くんに聞いてるんですけど?」 「奏に話がある時は俺を通してもらっていいですかぁ?」 「彼氏でもないくせに?」 「あーうるせえうるせえ」  奏の頭の上で言い合いをしているふたりを、奏は微笑ましく見守っていた。  晃と瑛二もこんな感じだからだろうか、仲が良いのだと手に取るように分かる。  陽光を纏ったような鮮やかな理央の髪が、夜風に吹かれふわふわと揺れている。人懐っこく好奇心に溢れた眼差しと弾む声色は、瑛二の〝かたち〟とよく似たポップコーンのようだ。  仁との攻防を経て屋台へと足を向ける理央たちを見送った奏が、今度はこっそりと仁の横顔を見上げる。  理央とは反対の月の光を織り込んだような仁の髪は、祭りの光を受けて七色に煌めいている。理央たちを追い払うように顰められた顔付きも、への字に曲がった唇も、奏の視線に気付くや否や、それまでが嘘のように柔らかにほどけた。 「どした? 奏も何か食うか? 花火までもう少し時間あるし……気になってるもの、ぜんぶ買おうぜ」  たとえ仁と理央が同じ「陽キャ」という星に生まれ、似通っていたとしても、やはり奏にとって仁だけが特別だ。理央が笑いかけてくれても、こんなふうに胸の中でうさぎが跳ねるような擽ったさはない。  思わずドキッと高鳴る鼓動を誤魔化すように、奏の視線が周囲へと散った。 「ん……と、たこ焼きとクレープ、あといちご飴とチョコバナナも食べたい」  目につく屋台を片っ端から口にしているのかと思うほど、奏の唇からするすると食べ物の名前が溢れ出てくる。もちろん、そのもの自体は何ら珍しくはないけれど、祭りという非日常で片っ端から味見できるという状況は奏にとって心踊る体験だった。仁への恋心で揺れていた奏の瞳が、次第に食欲に傾き輝いてきている。 「チョコバナナはちょっと……俺のアレが……」 「? どういう意味?」 「何でもないです!」  咄嗟に出た仁の下ネタもどきは、うぶな奏の訝しむ顔によって直ぐさま引っ込められた。  それじゃあ行こうか、と理央たちを置いていく気満々の仁の靴裏がじゃり、と砂を鳴らした、その瞬間。 「……仁くん?」  人混みのノイズを掻き分けて届く、声。  仁より先に振り返った奏は一瞬目を瞠った。ぎくり、と心臓が不穏な音を立てる。けれど、瞬きをした途端にまるで何事もなかったかのようにそれは正常な鼓動を奏でていた。 「貴央(きお)!」  来てたのか、と頭上から降ってくる仁の声に彼が知り合いなのだと悟る。  くるりと巻いた栗色の髪に可愛らしいそばかす、目鼻立ちが甘やかな男──貴央(きお)、と呼ばれた人物がふわりと笑みを崩した。  まじまじと見つめる奏の視線に気付いた貴央と目が合うと、奏の心臓がまたざわりと揺れる。 (な、んだろ……なんか……俺と全然似てないのに……一瞬、鏡を見てるみたいだった……)  観察すればするだけ、奏と似ている部分などありはしないことを解するものの瞬間的な仕草や表情に既視感が募る。  じわりと不安が煽られるような、据わりが悪いようなおかしな感覚だった。 「……秋森くん、でしょ?」 「えっ……あ、ああ……うん」 「僕のこと、分かる? 同じピアノ科で……理央の双子の弟なんだけど」 「え、理央くんの……?」  交流の少ない奏には貴央が同じ学科だと言われてもピンとこなかったが、理央の双子の弟だと告げられた途端に身構えていた体がゆるんだ。理央とはあまり似ていないが、笑うと覗く犬歯はそっくりだった。 「ふたりでお祭り? ……仲が良いんだね」 「や、理央たちも居る。花火が上がる前にそのへんで買い溜めしてんじゃねえの」  やんわりと向けられる貴央の言葉の端々が、奏には毛羽立って視える。悪意は全く感じられないが、そこはかとない不快感に奏は戸惑った。 (何だろう、このザワザワする感じ……ふたりの仲が良さそうだから? 俺って、そんな嫌なやつなのかな……)  仁の眼差しが貴央へ向けられるたび、貴央の笑顔が綻ぶたびに言葉では説明できないもやもやとした感覚が奏の中に生まれる。ただの嫉妬だろうかと飲み込んで仁の影に隠れてみるが、時折向けられる貴央の瞳がどうしても奏を観察しているようで落ち着かなかった。 「そろそろ花火の時間だけど、ふたりはどうするの? 理央と合流するなら僕も──」  一緒に行っていいか、と尋ねようとした貴央を仁が「いや、」と止める。 「悪い、実は俺たちデートなんだ。このまま理央たちを撒くつもり」 「…………デート?」  弛む口元を堪え切れない仁が同意を求めて奏へ視線を向けた、その瞬間。  奏は全身に氷水を浴びせかけられた──かのように思えた。もちろん、幻視だ。 「そう」と一言だけ漏らす貴央の声の〝かたち〟が凍てついて視える。  真夏だというのに、両肩がぞわりと冷たい。瞬き程度の時間にも関わらず、はっきりと認識できるほどの感情の起伏だった。  仁は何も気付いていないのだろうか。不安そうな面持ちで彼を見上げる。けれど奏の瞳の揺れを勘違いした仁は、安心させるためにくしゃくしゃと奏の髪を指先で混ぜるだけだった。 「大丈夫だよ、貴央は理央と違ってうるさくないし良いやつだよ」 (そこを心配してるわけじゃないんだけど……まぁいっか)  人見知りしているわけではなかったが、髪に触れる仁の指は奏の不安をほぐしてくれる。  そろりと貴央に視線を戻す。さっきまでの激情が嘘のように貴央は穏やかな表情をしていた。 「えっと……貴央、くん。同じ科だし、仲良くしてくれると嬉しい……な」  きっと勘違いだ、と気を取り直す。仁の影から半身を覗かせる奏のふにゃり、と崩れた表情を見つめる貴央の双眸が、すう、と僅かに細められた。 「もちろんだよ。……奏くん」  どこか奏の口ぶりと似ている貴央が、「ふにゃり」と笑った。

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