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🎼Lesson28《それぞれの終わり》

「僕……奏くんでいいなら僕で良いじゃんって思ったんだ」  舞台袖で仁と並んで座る貴央がポツリと呟いた。  ステージで煌めく奏の音が、貴央のまだ新しい傷口に優しく覆い被さるようだった。 「奏くんと同じ笑い方も出来る。同じ音も出せる。僕は奏くんを完璧に再現できるって思ってた。でも──心はコピーできないんだね」  貴央は苦しそうに顔を歪めた。  双子の兄の親友を好きになったのは、いつからだったのだろう。  貴央は、いつも先に名前を呼ばれる理央の隣で育った。仁は初めて自分を見てくれた人だった。「理央の弟くん」と呼ばない人だった。  好きになるのに、理由はいらなかったのに。  貴央は、好きになってもらうための理由を探してしまったのだ。  袖幕の向こうでピアノとふたり、必死に戦う奏を眩しそうに見つめてから仁は貴央へと目を向ける。  仁も貴央も、自分の価値を他人に預けて生きてきた。  苦しくて、息もできないほど焦がれて渇望していたはずなのに、自分の〝音〟を信じきる痛みとは向き合えなかったのかもしれない。 「俺は……俺たちは、〝完璧〟じゃなくていいんだよ。俺もお前も、ちゃんと自分の音を探さなくちゃな」 「……ッ……うん……僕、本当に君が好きだった……それだけは誰かのコピーなんかじゃなかったよ」 「分かってる。……ありがとな、貴央」  仁の優しい声が貴央の視界を滲ませる。それでも仁を求めてしまう気持ちを完全には手放せず、貴央はぐっと唇を噛んで仁を見送った。 🎼Lesson28《それぞれの終わり》  緊張した面持ちの学生たちが、次々とステージへ向かっていく。  廊下の長椅子に腰を下ろし放心したように眺めていた貴央の隣に、ふいに影が差した。 「……理央」 「お疲れ、貴央。……あーあ、俺たち双子だけどフラれる時までお揃いじゃなくてもいいのにな?」  軽口とは裏腹に、理央の声は優しかった。  その優しさが胸を詰まらせる。 「あのさ、理央……僕は、誰かのコピーじゃなくて〝僕〟になれるのかな」  少しの沈黙のあと、理央は貴央をぎゅう、と抱き締めた。 「……お前のことは誰よりも知ってる。貴央が優しい子で、貴央だけの優しい音を出せることも知ってるよ」  その温かさは、幼い頃と同じだった。  理央は照れ隠しのように笑う。 「だって生まれる前から、お前の心臓の音をずーっと隣で聞いてたんだぜ。兄ちゃんをなめんなよ?」  貴央は少しだけ泣いて、そしてようやく、静かに恋の終わりを受け入れた。 ◇  演奏を終えた奏は、誰もいない控室でネクタイを緩めていた。  試験の結果も、仁の返事もまだ分からない。  それでも、不思議と胸の奥は充足感で満ちていた。 「失礼しまー……何だ、ひとり?」  深い吐息を出し切ると同時に、控えめなノックとともに仁が顔を覗かせる。  その顔はどこか憑き物が落ちたようで、すっきりと大人びて余裕があって──端的にいえば、いつもより格好良い。  奏の心臓が演奏後の興奮ではない音を立てた。 「奏、あのふたり……ていうか瑛二、外でぎゃーぎゃー騒いでるけど……みんなでメシでも行く?」 「ん……でももう少しだけ、あと一分だけ」  奏に会うんだ、と騒いでいる瑛二を抑えてくれている晃が突破されるまで、一分も保つだろうか。顔を見合わせてふたりは小さく吹き出す。  そしてゆっくりと距離を縮める仁の腕の中に招かれて、奏は目を閉じた。 「お疲れ、奏。ちゃんと、見てたよ」 「……うん」  窓の外では、夏の空がゆっくりと暮れていく。

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