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🎼Lesson34《共鳴のブルー》
「まったく……主席のふたりが試験の途中で消えるなんて前代未聞だぞ」
──翌日。ふたりは呼び出された研究室で、教授にこっ酷く叱られていた。
🎼Lesson34《共鳴のブルー》
「申し訳ありません……!」
「サーセン」
早坂!と教授の鋭声が飛ぶ。
斜め上の天井に視線を投げる仁と、身を竦ませぺこぺこと頭を下げる奏。
他の追随を許さない演奏で観衆の心を捕らえ、満場一致で主席を勝ち取ったとは思えないほど正反対のふたりだ。
「反省しているならよろしい。──早坂、せめて反省しているふりはしなさい。困った子たちだ。……これから大変だぞ、お前たち」
とんだ問題児だと苦笑を浮かべた教授が溜息をつく。
奏は首を傾げた。教授の言わんとすることが掴めず、興味なさそうな仁へ一度目を向けてから教授へと向き直る。
「どういう意味でしょうか……?」
「秋森、君は次の段階へ移行したんだ。分かるかね? あの日、あの時間、あの瞬間、いま思い出しても身が震えるよ……ま、就職先は引く手あまただろうがね」
「?」
心配しつつ誇らしげな教授が「もう行ってよろしい」とふたりを説教の場から解放する。
教授のふんわりとした抽象的な言葉に首を傾げながらも未だに猛省している奏。その後ろに続いて呑気に研究室を後にしようとする仁へ、ふと教授が柔らかな声を向けた。
「仁、……良かったな」
その顔は仁の両親と同じで、安堵と愛情が込められている。
「……ん、サンキュ」
仁は照れくさそうに、弾ける笑みを見せた。
◇
夏の昼下がり。蝉が鳴く中を、仁は説教を耐え抜いた満足感から思わず背伸びをした。
「あー……ッ疲れた! おっさん、昔っから話なげーんだよなあ」
「仁! 教授になんてことを……」
呆れる奏の咎める声を遮って、仁は十五センチを詰めてくる。そして、まるで内緒話かのように密やかに声を落とした。
「それより……奏、体は平気か?」
その言葉に、奏は一瞬キョトンとした顔を見せる。けれど、すぐに眦にじわりと朱が走った。夏風に運ばれてくる声が、どうにも艶っぽく聞こえてしまう。
「ッ、平気……ほんの少し、腰がだるいだけ……」
覗き込んでくる仁の瞳の熱に、昨夜の密事が鮮明によみがえる。まだ腹の奥に何か抱えているような幸せな違和感がきゅん、と疼くようだった。
奏は小さく俯いたまま、ぎこちなく頷いた。その愛らしさに、仁はふっと笑みをこぼす。
「かーわい。……次は、もっと悦くするから」
「つ、次……?」
「次も、その次も、そのまた次も。ずっと一緒に居よう、奏。〝かたち〟とか〝色〟とかがある時もない時も、ずっと一緒がいい」
「っ……ふ……ふふ……あははは! 何それ、プロポーズ? 辞める時も健やかな時も、みたいな……教授に叱られた後で、こんなとこで? ふふっ……仁、俺の旦那さんにでもなるつもり?」
あまりにも甘やかな声の調子に、驚きと照れくささが同時に奏を襲う。胸の奥がくすぐられるようだ。
思わず笑いながら照れ隠しに早口で揶揄する奏に、仁は一瞬キョトンとしたあと、にんまり、と不遜な笑みで言い放った。
「俺? お前のパートナーになる予定の男。──よろしく、秋森奏」
「お前っ……その言葉、あの時の……!」
出会った頃を彷彿とさせる言葉と笑みに、奏が思わず声を上げる。仁は肩をすくめて戯けてみせた。そして相変わらずの十五センチを詰めて、顔を覗き込んでくる。その瞳は言葉とは相反して真剣そのものだった。
「また逃げても無駄だぜ。やっと見つけたんだ……俺はしつこいからな?」
ちゅ、と小さな音が風にさらわれる。
呆気に取られていた奏が、キスされたのだと気付いた時には仁は再び得意げな笑みを浮かべていた。
「往来で何てことを」という羞恥と「唇の端を持ち上げて笑う顔が可愛い」とときめく気持ちとが同時に奏の中に湧き上がる。
寸秒、複雑そうにもごもごと動く唇が、諦めたように溜息を漏らすと共にゆるゆると弧を引いた。
「ばーか!」
花開くような笑みで返す奏の声の〝色〟は、雲ひとつない夏空と同じ色だった。
もう奏にイヤホンは必要ない。
仁とふたりで紡ぐ日々は、きっとこれからだって光と影がやってくる。
けれど、仁となら大丈夫だと信じられる。
ふたりの旋律は、共鳴しあうのだ。
抜けるような青空に、ふたりの笑い声が跳ねるように響き渡った。
《完》
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