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🎼Extra Lesson《君を見つけた日3》

 ふたりがアルバムをめぐって攻防を繰り広げ、仁の圧勝によって終わった瞬間。どこからともなく聞こえてくるサン=サーンスが、ひやりと部屋の空気を下げた。  奏の母親からの着信音だ。 「……あの、俺……」 「奏、おいで。ほら……こうしてたら怖くないだろ」  一気に青ざめて自分のスマホを茫然と見つめる奏に、さっきまでの子供じみた態度が嘘のように仁が奏を抱き寄せた。ソファーに深く腰掛けた仁の足の間に招かれ、背中から包まれる安心感は何物にも代え難い。冷たくなった奏の指先に、ぽわんと熱が戻る。 「もしもし、……母さん?」  仁の熱に守られた奏が意を決して通話ボタンをタップした。母と対峙する奏の声は、未だに少しかたい。  相槌を打つことしか許さない母親からの言葉の羅列は、相変わらず〝棘〟で奏を猛攻してくる。けれど、今の奏の心にはその〝棘〟は届かない。奏はすっかり上の空で母親の金切り声を聞いていた。 (すごい……びっくりするくらい母さんの話が頭に入ってこない。仁、いい匂いだな……撫でてくれるの気持ちいい。嬉しい。俺もぎゅーってしたい……早く電話終わらないかな)  なだれ込んでくるはずの〝汚泥〟は、仁の存在で洗い流されてしまった。そうして一方的にかかってきた電話は、一方的に切れたのだった。 「お母さん、なんだって?」 「分かんない。何で今年は帰らないのかって言ってたけど……それより、こっちの方が気になって」  心配そうな仁をよそに、奏は放り出されたままのアルバムを拾い上げる。苦々しげに唸る仁の声の〝かたち〟が転がって、つい笑ってしまった。けれど、たまたま開かれたアルバムのページに目を落とした瞬間、奏の笑みが固まる。  中学生くらいだろうか……まだまだあどけない仁が、女の子に抱きつかれて笑っていた。 「……浮気だ」 「は?……あ。いやいや、これは違うだろ。ていうかコイツは──」 「仁ってモテるよね……今まで何人くらい付き合ったの? この子も彼女?」 「いや、だから……」 「っ、やっぱり聞きたくない……!」  仁の言葉を遮るようにぱたん、とアルバムを閉じる。  さっきまでのあたたかく優しい気持ちが嘘のように萎んでいた。母親の電話よりも心が冷え冷えと固まっている。ぎゅう、と目を閉じて拒む奏に、仁は冷静に口を開いた。 「聞けって。あのな、こいつは姉貴だ」 「アネキ……? アネキって名前の彼女なんだ……!」 「姉貴。姉。マイシスター」 「…………へ?」  だから聞けと言っただろう、と呟く仁の声も耳に届かない。代わりにその耳は先端まで真っ赤に染まっていた。 (うわ……うわあああぁ……! おれ、っ、俺、バカみたいだ……!)  別の意味で固まってしまった奏の赤い耳に、仁の唇が触れる。愉しそうに上がる口角を抑えることなど出来そうもない。  奏の肩がビクッと跳ねる。仁はついに堪え切れずに体を小刻みに震わせながら笑い出してしまった。 「っ……ふ……ッくく、っ、ふは……! あー可愛い……ヤキモチやいちゃった?」 「……うるさい、ばか」 「あーあ……ほんと、可愛い。そんな世界一可愛い奏くんに免じて俺の初恋の話を聞かせてやろう」 「いらないんだけど……」 「まあまあ……絶対聞いて良かったってなるから。だから──」  一緒に風呂でも入りながら、どう?と奏の耳朶に唇を触れさせたまま、仁は甘く囁いた。 ◇  完全に勢いと仁の声の甘さに飲まれてしまった。  奏が我に返ったのは髪も体もきっちり仁の手によって洗われ、尚且つ湯船にふたりで収まった後だった。 「……っ……あの、さ……今更なんだけど、……恥ずかしい……っ」 「ふ……大丈夫。ほら、固まってないで寄りかかれって。やっと指先あったまってきたんだから」  仁に言われて初めて気づく。  母の電話のせいだろうか。それともくだらない嫉妬のせいだろうか。仁の手に包まれた指がじんじんと痺れるように温まってきている。 「……変なこと言ってごめんね」  おずおずと仁の胸に背中を預ける奏に、仁は口元を緩めた。 「嬉しかったよ。ほんとに俺のこと好きなんだなーって」 「……仁はさ、俺と違って友達も多いし、かっこいいから……いつか、……飽きられちゃうのかもって変なこと考えちゃって」  浴室は、声の〝かたち〟も声の〝色〟もよく響く。  奏が漏らす小さな声も余すことなく仁の耳へ届き、仁の視界に届いた。  マーブル模様だ。  仁のことが好きだというピンク、「いつか」を考えてしまうブルー、「誰か」が過ぎってしまうグリーン──可愛いな、と仁の胸は愛おしさではち切れそうだった。 「……むかーしむかし……って言っても十数年前な。仁くんという賢くて可愛くて格好良くて、」 「その導入、要る?」 「要るよ! で、その仁くんは世界を揺るがす恋をしたんだけど」  何が悲しくて好きな人の「好きだった人」の話を聞かなくてはならないのか。奏は複雑な思いを抱えたまま仁の話に耳を傾けた。 「あれは、世界がまだ普通に見えてた頃──」

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