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第4話:知りたいと願う夜
この屋敷は周囲をぐるりと岩礁と砂浜に囲まれていて、正面玄関側から真っ直ぐに伸びた細い石道が陸とこの屋敷を繋いでいる。
満潮時にはその道も海に沈んでしまい、毎晩孤立した島になってしまう。
レオニアスは石道が沈んでしまう前に、とルイスに玄関へ案内されて屋敷を出た。
つい惜しむ気持ちのまま、ルイスがいつまでもその背中を見送っていると、途中で振り返ったレオニアスが引き返してくる。
「いつまでも見送られていると逆に心配になる、早く寝床に行くんだ」
「ご、ごめんなさい」
肩を押され玄関に入るように促しながら嗜められて、困らせてはいけないと素直に屋敷へ入る。
玄関扉を閉める時に、レオニアスがルイスの顔を覗き込んで笑う。
「明日の夕暮れに、また」
その言葉はルイスの心を温める。
けれど、咄嗟に返事の言葉が出ず、扉が先に閉まってしまう。
一人きりで大きな屋敷に取り残されても、今日ばかりは孤独から遠い。
そして、初めて心配の言葉を掛けられ、体を案じられたのを思い出せば、自ら体調を崩すような振る舞いをしたくないとルイスは思う。
少し無理をするだけでこの体はすぐに熱を出してしまうし、いつだって目眩や貧血と戦ってばかりいる。
明日の約束のためにも、絶対に体調を崩したくはない。
浴室へ向かい、浴槽に湯を張る。
じきに太陽が沈んで屋敷の中は暗くなってしまう。脱衣所へ運んだ燭台に先に火を灯す。
服を脱ぎ、湯を頭からかぶる。温かな湯に包まれて息を吐く。
海水に固まっていた髪から砂つぶが落ちた。
髪を洗う途中、そっと自分で頭を撫でてみるが、レオニアスに触れられた時のような特別な感触は得られない。
あの大きな手のひらは温かかった。
しっかり湯に浸かり体を温め、夜着を着て燭台を手に廊下に出れば、もう太陽はすっかり沈んで屋内は家具の形を曖昧にしている。
あまりにも強烈な出来事のあった1日が、ルイスの心を置いて終わろうとしていて、不思議な焦燥感を覚える。
明日を待ち遠しく思う心と、今日を惜しむ心が同時に存在していることに戸惑う。
まだもう少し、眠る前に今日を続けたくて厨房へ行く。
通いの使用人が補充している食材の中からオレンジを取り出し、ナイフで適当に切り分けて立ったまま摘む。
食の細さを自覚しているルイスにとって、今日を終えたくないという理由だとしても進んで何かを口にしようと思ったことは珍しかった。
2階の寝室へ向かい、髪が乾くまでの間だけ窓を開けて枠に腰掛ける。
夜の海はもう空との境界も分からないが、絶え間ない波の音だけが寝室を穏やかに満たす。
十歳でこの屋敷に一人追いやられたルイスには、この潮音だけがずっと傍にあった。
星の瞬きや波の音は孤独に寄り添うが、慰めにはならない。
夜の間だけ、自分の髪も肌も、その白さが曖昧になって存在が許される気がして、わざと屋敷の灯りはほとんど使わない。
蝋燭の灯だけがルイスの夜を照らす。
「何も、悪さは、……しない」
昼間の会話を思い出して、波音に負ける小さな声で呟く。
ルイスにとって、この見た目は頭から足先まで全て『気味が悪い』ものだった。
家族にも、使用人にさえそう形容されたことしかなかった。
人の目に触れないよう息を潜めることだけが上手くなってしまったルイスに触れ、真っ直ぐに見つめてきたレオニアスは本当に実在したのか、まだ少し疑いそうになってしまう。
明日がくれば、確かめられる。
窓を閉めてベッドに入る。
冷えたリネンに、絨毯にくるまって目を覚ましたあの時はとても温かかったことを思い出す。
人に抱きしめられたのも記憶にある限り初めてだった。
同時に、お互いに裸だったことも思い出し、とんでもない世話をさせてしまったと、ルイスは羞恥に小さく唸る。
ひどく迷惑をかけてしまったのに、ろくなお礼もせず、明日もまた会って欲しいなどとわがままを言ってしまった。
まともに人と交流したことがないという言い訳は、レオニアスに失礼だ。
せめて、明日来てくれた時にお礼になるようなものを用意しよう、ルイスは一人ベッドの中で奮起する。
何を喜んでくれるだろうか、図書室に贈り物についてのマナー本はあっただろうか。
いつもなら静かに眠り、朝になれば目を覚まし、使用人が居る間は息を潜めて時間を潰し、ただ一日が流れていくのを待つだけのはずが、明日したいこと、調べたいことが次々に浮かんでくる。
ルイスは自分の変化に気付いて、緩む口元を抑える。
自然と浮かぶ笑顔や、明日を楽しみに思えることが嬉しくて、心の動きを自覚すると胸が詰まるような息苦しさを覚える。
感情の昂りに目の奥が熱くなり、一粒涙をこぼす。
まるで、普通の人のような幸せな夜だと感じた。
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