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第5話 喧嘩と火消し
「伊織」
「はい」
「今日は町へ出る」
「またですか」
「またとは何だ」
「この数日、団子、うなぎ、湯屋と続いております」
「江戸を知るのは大事だ」
「殿が楽しんでいるだけに見えます」
「伊織も楽しんでいる」
「私は、職務として」
「団子を一本だけ」
「殿」
「うなぎをまた食べたい」
「殿」
「湯では離れたくない」
伊織はぴたりと黙った。
宗春は楽しげに笑う。
「今日も楽しめそうだな」
「楽しむ予定はございません」
「では、俺が楽しませる」
「その方向性が不穏です」
朝の咲霧藩上屋敷。
湿った暑さは続いているが、昨日の湯屋の騒ぎのせいか、伊織は少しだけ町の音に敏感になっていた。
桶の音。
下男の足音。
台所方の声。
水を運ぶ音。
そのどれもが、町の暮らしにつながっている。
宗春はそれに気づいている。
だから、わざと軽い声で言う。
「今日は喧嘩だ」
「喧嘩を予定として扱わないでください」
障子の外で霧生景継が咳払いをした。
「殿。喧嘩ではなく、町火消しと金物屋の揉め事です」
「ほら、喧嘩だ」
「殿」
景継が入ってくる。
その後ろに、青柳直澄も控えていた。
直澄は帳面を抱えている。
「芝の金物屋で、町火消しの鳶口と梯子金具の納めを巡り、組の者と言い合いになっております」
伊織が反応する。
「鳶口の金具ですか」
直澄が頷く。
「鉄具の値上がりにより、金物屋が納めを渋ったようです。町火消しは、道具が揃わねば火事場で人が死ぬと」
宗春の目がすっと変わった。
軽さが消える。
伊織は、その変化を横で見た。
昨日までの甘い殿ではない。
団子を食べさせ、うなぎでからかい、湯屋で笑っていた男が、一瞬で藩主になる。
「行く」
宗春は短く言った。
景継がすぐに続く。
「供を増やします」
「少なくていい。大勢で行けば揉め事が大きくなる」
「しかし」
「直澄、帳面。伊織、来い」
伊織は一瞬だけ驚いた。
「私もですか」
「お前は人を見る」
宗春はもう笑っていなかった。
「今日は、それがいる」
その言い方に、伊織は反論しなかった。
****
町へ出ると、すでに金物屋の前には人だかりができていた。
火消しの男たちが赤い顔で詰め寄り、金物屋の主人は青ざめている。
「こっちは命がかかってんだ!」
「こっちだって鉄が手に入らねえんだよ!」
「前の値で納める約束だっただろうが!」
「前の値じゃ、うちは潰れる!」
怒号が飛ぶ。
近くの長屋からは、子どもたちが不安そうに覗いていた。
宗春は騒ぎの中心へ踏み込む。
「そこまで」
声は大きくない。
だが、通った。
火消しも金物屋も、思わず口を閉じる。
「鳶口はどれだ」
金物屋が慌てて奥から一本出した。
柄はある。
だが、先の金具が古い。
宗春はそれを手に取り、重さを確かめた。
「直澄」
「はい」
「今ある分は」
「修繕済みが三本。打ち直し待ちが五本。梯子金具は半数が未納です」
「組の者」
宗春が火消しへ向く。
「今、火が出たら動けるか」
火消しの頭が歯を食いしばる。
「動きます」
「動けるかと聞いた」
「……足りません」
「金物屋」
宗春が今度は主人を見る。
「前の値で納めれば潰れるか」
主人は唇を噛んだ。
「潰れます」
「では、どちらも嘘はついていない」
宗春は鳶口を戻した。
「まず、今ある三本を火消しへ渡せ。打ち直し待ちの五本は、咲霧屋敷の金具修繕を後へ回し、そちらへ職人を回す。梯子金具は半数を先に納め、残りは支払いを分ける」
火消しが息を飲む。
金物屋も目を見開いた。
「咲霧様、それでは」
「町が燃えれば、屋敷の金具どころではない」
宗春は淡々と言った。
「ただし、組の者。金物屋を脅すな。道具を作る者を潰せば、次に火が出た時、自分の首を締める」
火消しの頭が頭を下げる。
「……申し訳ねえ」
「金物屋。値上がりを黙って飲ませるな。火消しの道具は、ただの商品ではない。遅れるなら遅れると言え」
「はい」
伊織は、宗春を見ていた。
軽い男ではない。
甘いだけの殿ではない。
町人の面子も、職人の飯も、火消しの命も、同じ場に置いて整理できる。
それを、難しい言葉ではなく、誰もが分かる形で出す。
伊織の胸が、妙に熱くなった。
「殿は」
宗春が伊織へ向く。
「うん」
伊織は言いかけて、やめた。
ここで言うことではない。
けれど、宗春は拾う。
「あとで聞く」
「聞かなくて結構です」
その時だった。
長屋の奥から、短い悲鳴が上がった。
「火だ!」
火消しの男たちが一斉に動く。
金物屋の裏手。
煮炊きの火が移ったのか、細い煙が上がっている。
大きな火ではない。
だが、長屋の壁は近い。
燃え広がれば早い。
宗春の声が飛んだ。
「水桶を並べろ。子どもを表へ出せ。風上を空けろ。火消し、鳶口は三本だけ使え。折るな」
火消しの頭が返事をする。
直澄は周囲の者へ水の列を作らせる。
伊織はすぐに子どもの声を聞いた。
「おっかあ!」
煙の奥。
長屋の入口近くで、小さな子が泣いている。
火の中ではない。
だが、煙に驚いて動けなくなっていた。
伊織は迷わず走った。
「榊殿!」
直澄の声が聞こえる。
伊織は手ぬぐいを口元に当て、子どもの前へ屈んだ。
「こちらへ」
子どもは泣いて動かない。
「怖いですね」
伊織は声を落とす。
「でも、ここにいる方がもっと怖い。私の袖を掴んでください」
子どもの手が震えながら伊織の袖を掴む。
伊織はそのまま子どもを抱き寄せ、煙の薄い方へ歩かせた。
走らせない。
転ばせない。
表へ出た瞬間、宗春の腕が伊織の肩を掴んだ。
「伊織」
その声は、低かった。
伊織は息を整えようとした。
「火の中へは入っておりません」
「煙の近くへは行った」
「子が」
「分かっている」
宗春の手に、力が入る。
怒っている。
伊織はそれを初めて、はっきり肌で感じた。
「殿」
「あとだ」
宗春は子どもを母親へ渡させ、火消しへ戻った。
消火は早かった。
火元は小さく、壁へ広がる前に抑えられた。
火消しの頭は汗だくで宗春へ頭を下げた。
「咲霧様、助かりました」
「助けたのはお前たちだ」
宗春は火元を確認し、金物屋へ向き直る。
「釘、金具、火消し道具。先延ばしにするな。命の順番は帳面の後ではない」
金物屋は深く頭を下げた。
伊織はそのやりとりを、少し離れて見ていた。
胸の中で、何かが重く動いた。
宗春は人を守れる。
言葉だけではない。
甘やかす腕だけではない。
火の前でも、迷わない。
伊織は、ぽつりと言った。
「殿は、軽い方ではありませんね」
宗春が伊織へ向く。
「今さらか」
伊織は少しだけ目を伏せた。
「はい」
宗春は、その返事を笑わなかった。
****
帰り道。
伊織はずっと静かだった。
宗春も、いつものようにはからかわない。
直澄が少し後ろを歩きながら、必要なことだけを覚えている。
火消し道具。
金物屋の支払い。
長屋の火元。
子ども。
伊織が煙の近くへ行ったこと。
どれを書き、どれを留めるか。
直澄は、すぐには決めなかった。
屋敷へ戻ると、景継が待っていた。
「殿」
「小火だ。もう消えた」
「怪我人は」
「なし」
景継は安堵したが、すぐ伊織へ向く。
「榊殿」
伊織は一礼した。
「煙の近くへ行きました。火の中ではありません」
「行ったことに変わりはない」
景継の声は厳しい。
伊織は反論しなかった。
宗春が静かに言う。
「景継」
「はい」
「叱るのは俺がする」
伊織の背がわずかに固まる。
景継は一瞬だけ宗春を見た。
そして、頭を下げる。
「承知しました」
伊織は宗春へ向いた。
「叱る、とは」
宗春は笑わなかった。
「夜に」
「今ではなく?」
「今だと、俺が怒りすぎる」
伊織は言葉を失った。
宗春は伊織のそばを通り、低く囁く。
「覚悟しておけ」
伊織の胸が、強く鳴った。
****
夜。
宗春の部屋には、火消しの煙の匂いが、まだわずかに残っているような気がした。
実際には、伊織は着替え、体も拭いている。
それでも、昼の煙と宗春の低い声が、体の奥に残っていた。
伊織は正座していた。
いつもより硬い。
宗春はしばらく黙っている。
それが一番、落ち着かない。
「殿」
「うん」
「お叱りなら、受けます」
「素直だな」
「私に非がございます」
宗春の目が細くなる。
「非があると分かっていて行った?」
「子どもがいました」
「火の中ではなかった」
「煙の近くでした」
「分かっているなら、なぜ俺に言わせる」
伊織は黙った。
宗春はゆっくり立ち上がる。
「伊織」
「はい」
「今日は叱る」
伊織の喉が鳴った。
「……はい」
宗春は伊織の前へ来る。
いつものように、甘く抱き寄せるのではない。
手を取る。
その手首を、強くない力で畳へ導いた。
「殿」
「逃げるな」
「逃げておりません」
「では、動くな」
伊織は息を飲んだ。
宗春は伊織を畳へ沈める。
手首を押さえ、上から覆う。
強引ではない。
けれど、いつもの甘さよりずっと重い。
伊織の背が畳に触れた。
灯の影が揺れる。
「危なかった」
「承知しております」
「承知しているなら、俺がどれほど肝を冷やしたかも分かるか」
伊織は宗春の目を見られなかった。
「……申し訳ございません」
「謝ってほしいわけではない」
「では」
「怖かった」
伊織の胸が、詰まった。
宗春の声は怒っている。
けれど、その奥にあるものは怒りだけではない。
「殿」
「お前が火に近づくのは、俺が許さない」
「子が」
「子を助けたことは叱らない」
宗春の手が、伊織の手首を包む。
「俺に何も言わず、自分だけで行ったことを叱っている」
伊織の息が震えた。
「……はい」
「分かったか」
「はい」
「本当に?」
「はい」
宗春の顔が近づく。
「では、今日は俺の言うことを聞け」
伊織は目を伏せた。
「……はい」
宗春は伊織の帯をほどいた。
畳へ落ちる音が、やけに大きく響く。
「火の近くへ行ったな」
「はい」
「なら、俺が消す」
「何を」
「伊織の危なっかしさ」
「それは、どうすれば」
宗春は伊織の手首を押さえたまま、低く言った。
「動けないようにする」
伊織の頬に熱が上る。
「殿」
「嫌なら止める」
伊織は唇を噛んだ。
昼の宗春の声が蘇る。
怖かった。
その一言が、伊織の中から反論を奪う。
「……嫌では、ありません」
「なら、叱る」
宗春は伊織の手首を留めたまま、叱るような深さでつながった。
伊織の背が反る。
「っ、あ……っ♡」
宗春の腕が、伊織の腰を抱える。
手首は畳に留められたまま。
伊織は身をよじろうとして、すぐ押し戻された。
「動くな」
「無理……っ」
「火の前では動いただろう」
「それは……っ」
宗春が深く突き上げる。
伊織の声が跳ねる。
「っ、あんっ♡」
「今は俺の下にいろ」
「その言い方は……っ」
「聞け」
「はい……っ」
宗春の腰つきは、これまでより明らかに強かった。
怒りをぶつけるのではない。
けれど、逃がさない。
畳へ押さえた手首。
覆いかぶさる熱。
煙の記憶を消すように、宗春の体が伊織を包み込む。
「危なかった」
「はい……っ」
「俺が見ていないところで傷つくな」
「はい……っ、あっ♡」
「分かっている声じゃない」
「分かって……っ」
宗春が奥まで届くように突き上げた。
伊織の言葉が崩れる。
「っ、あんっ♡ 分かって、ます……っ」
「では、言え」
「何を……っ」
「次は呼ぶと」
伊織は息を詰めた。
呼ぶ。
助けを。
宗春を。
自分だけで動かずに。
「呼び……ます……っ」
「誰を」
「宗春さまを……っ」
宗春の腕が一瞬だけ熱くなる。
「よく言えた」
「褒めないで……っ」
「まだ叱っている」
「これが……っ、叱る……っ」
「そうだ」
「甘すぎます……っ」
「なら、もっと厳しくする」
「違……っ、あっ♡」
宗春が伊織の腰を抱え、畳へ押しつけるように深く動いた。
伊織の体が小さく跳ねる。
背が反り、声が逃げる。
「宗春さま……っ」
「いる」
「火を……消すと……っ」
「うん」
「これでは、余計に……っ」
「燃える?」
伊織の耳まで赤くなった。
「言わせないで……っ」
「では、声で分かる」
「分からないで……っ、あんっ♡」
宗春は伊織の手首を片手でまとめ、もう片方の手で乱れた髪を畳からすくった。
「伊織」
「はい……っ」
「昼、お前は火を怖がらなかった」
「怖く、なかったわけでは……っ」
「なら、俺は?」
伊織の目元が揺れる。
宗春は動きを止めない。
強く、深く。
伊織が答えられなくなる手前で、何度も追い込む。
「怖いか」
「怖く……っ、ありません……っ」
「では何だ」
「熱い……っ」
「火より?」
「殿の方が……っ」
宗春の息が乱れた。
「俺の方が?」
伊織は悔しそうに唇を噛む。
「宗春さまの方が……っ、熱い……っ♡」
「よく言えた」
「もう……っ」
「まだだ」
宗春は伊織の手首を離さない。
畳へ沈められたまま、伊織は宗春の熱だけで満たされていく。
火の煙は遠くなる。
残るのは、宗春の腕と、声と、重さ。
「宗春さま……っ」
「うん」
「手……っ」
「痛いか」
「違います……っ」
「離すか」
伊織は首を横に振った。
「離さないで……っ」
宗春の動きが深くなる。
「そう言えるなら、いい」
「いじわる……っ」
「今日は叱っている」
「叱るのに……っ、こんな……っ」
「こんな?」
「気持ちよく、しないで……っ♡」
言ってしまった。
伊織が固まる。
宗春の目元が、はっきり熱を帯びた。
「伊織」
「今のは」
「聞いた」
「忘れて……っ、あっ♡」
宗春は容赦なく深く突き上げた。
「気持ちいい?」
「聞かないで……っ」
「言え」
「気持ち……っ、いいです……っ♡」
「よし」
「よしでは……っ」
「なら、もっと叱る」
「もう……っ、無理……っ」
宗春の動きが強くなる。
畳に落ちた帯が、伊織の足に触れる。
灯の影が大きく揺れた。
伊織は押さえられた手首に力を込める。
抗うためではない。
宗春を感じるために。
「次は」
宗春が言う。
「はい……っ」
「ひとりで行くな」
「はい……っ」
「危ない時は」
「呼びます……っ」
「誰を」
「宗春さまを……っ」
「よくできた」
「もう……っ、ほんとうに……っ」
「いくのか?」
「聞かないで……っ」
「叱られている最中だ」
「ひどい……っ」
「伊織」
「はい……っ」
「俺を怖がらずに呼べ」
伊織の胸が震えた。
怖がらずに。
呼ぶ。
自分だけで背負わずに。
その言葉が、宗春の熱より深く入ってくる。
「宗春さま……っ」
「うん」
「呼びます……っ、次は……っ」
「うん」
「あなたを、呼びます……っ」
宗春の腕が、伊織を強く抱いた。
「よし」
「もう……っ、火が……っ」
「火?」
「消えない……っ」
「俺がつけたからな」
「殿……っ、いじわる……っ」
「消すか」
伊織は、泣きそうに首を横に振った。
「消さないで……っ」
宗春の息が乱れる。
「伊織」
「はい……っ」
「最後まで受けろ」
「はい……っ」
「言え」
「受け……ます……っ」
宗春が深く突き上げる。
伊織の声がほどける。
「宗春さま……っ、熱くて……っ、消えない……っ、いって、しま……っ♡♡」
伊織の体が宗春の下で震えた。
宗春はすぐには手首を離さなかった。
伊織が戻ってくるまで、畳に沈めたまま、上から包み込む。
昼の煙を、夜の熱で塗り替えるように。
息が少しずつ整ってから、宗春はようやく伊織の手首をほどいた。
赤くなってはいない。
それでも、宗春はそこへ唇を落とした。
伊織の目元が揺れる。
「……殿」
「痛くなかったか」
「はい」
「怖くは」
「ありません」
「ならいい」
宗春は今度こそ、伊織を優しく抱き起こした。
伊織はまだ力が入らず、宗春の胸元へ額を預ける。
「……お叱りは、終わりですか」
「今日の分は」
「今日の分」
「次があれば、また叱る」
伊織は小さく息を吐く。
「次は、ありません」
「本当か」
「危ない時は」
宗春が待つ。
伊織は素直に言った。
「宗春さまを呼びます」
宗春は笑わなかった。
ただ、伊織の髪を撫でる。
「うん」
その返事があまりに優しくて、伊織は少しだけ泣きそうになった。
「殿」
「うん」
「今日、町で」
「うん」
「殿は、軽い方ではありませんでした」
「今さらだな」
「はい」
「惚れ直したか」
伊織はいつもなら、即座に否定した。
だが今夜は、少しだけ遅れた。
「……聞かなかったことにしてください」
宗春は伊織を抱きしめる。
「しない」
「殿」
「伊織」
「はい」
「次は、火より先に俺を呼べ」
伊織は宗春の胸元を掴んだ。
「はい」
その夜、宗春の部屋の灯は、火のように揺れていた。
けれど伊織は、その熱から離れたいとは思わなかった。
****
翌朝。
直澄は、金物屋への支払いと火消し道具の修繕順を帳面に記した。
景継はそれを確認する。
「殿の指示か」
「はい」
「適切だ」
直澄は少しだけ頷いた。
「榊殿も、子を表へ出されました」
景継の眉が動く。
「危ういな」
「はい」
「殿は」
「夜に叱ると」
景継は筆を持ったまま、しばらく止まった。
「……その報告は要らぬ」
「控えます」
直澄は余計なことを書かなかった。
****
奥座敷では、宗春が伊織の手首を見ていた。
「痛くないか」
「痛くありません」
「本当に?」
「はい」
「では、もう一度押さえても」
「朝から、何を仰るのですか」
「確認だ」
「違います」
宗春は笑う。
伊織は手首を袖の中へ隠した。
けれど、その袖の端を宗春が軽くつまんでも、伊織は強く振り払わなかった。
景継は胃を押さえた。
町の火は、消えた。
けれど伊織の中に残った熱だけは、しばらく消えそうになかった。
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