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第九話:猫に嬲られるネズミのような

 突如として、コテージにリジャス・ハリンストンが現れた。  彼の出で立ちは珍妙だ。  薄手の寝巻きに外靴を合わせている。  右側のポケットは大きく膨らんでいて、何か持って来ているのが明らかだ。 「あ……あ……っ!?」  彼の姿を目撃したアイザックは、唇をわなわなと震わせる。  布団の中から飛び起きたはいいものの、ベッドの上に座り込んだまま動けなくなってしまう。  青白い月光に照らされて、リジャスが握っているナイフの刀身がぎらりと光ったからだ。  それと対照的に、彼は白ゆりのような笑みを浮かべている。 「兄さん」  ガラスを通り抜けた声はくぐもっていて、この世ならざる者を想起させる。 「酷いよ。ずっと、入れてくれないんだもん」  ——ヤツが、動いた。  壁に止まっていた巨大な羽虫が、ブンと飛び立つのを見たような気持ちになる。  コテージと自室を繋ぐ扉。その取っ手にリジャスが手をかけた瞬間、アイザックは思い出す。  あの扉を封じる鍵を、自ら壊してしまったことを。  初めてリジャスに襲われた後、アイザックはコテージへ出た。  その際、動揺するあまり古びた内鍵を壊してしまったのだ。  ドアは難なく開かれて、凶器を手にした不審者を招き入れてしまう。 「あれ?」  流石に驚いたらしく、リジャスは目を丸くした。  しかし次の瞬間には嬉しそうに鼻を鳴らし、ねっとりと絡みつく視線を向けられる。 「開けててくれてたんだね。……もう、素直じゃないなぁ」 「……は?」  アイザックは暗く調子の外れた声を上げた。  相変わらず、彼の思考回路が分からない。  リジャスが近付いてくる。  ナイフを持ちながら。  ——刺される。  月光を背に受けた彼の輪郭に、アイザックの想像する殺人鬼の姿が重なった。  大きく開いた目を逸らせないまま、マットレスの上で後退りする。 「——あ!」  ベッドから転がり落ち、手首を捻った。 「ちょっと、大丈夫?」  心配そうに寄ってくるリジャスから逃げるように、アイザックは座り込んだまま下がり続ける。  その間、手首の痛みを微塵も感じなかった。  助けを求めるように、廊下へと通じるドアに手をかけた時。 「ダメ」  子どもに向けるような口調で(たしな)められた。 「オリバーさん達に見つかっちゃう」  父の名前を出された途端、アイザックは手を止めた。  リジャスは知っているのだ。階下で両親が話しているのを。  もし、ナイフを持ったリジャスに襲われたなんて知られれば……。  この家は、どうなるのだろう。  固まっている中、リジャスが寝巻きのポケットに手を伸ばした。  身構えたアイザックは呆気に取られる。  取り出されたのは、真っ赤に熟したリンゴだったから。 「キッチンで見つけて来たんだよ」  球のようにリンゴを上へ投げ、受け止める。  繰り返すリジャスの顔はイタズラっ子みたいだった。 「一緒に食べようと思って。……勝手に取ってきたのバレたら、怒られちゃうから」  と言ってベッドに腰を下ろし、悠長にナイフで皮を剥き始める。 「……なん、で……?」  アイザックは、床に座り込んだまま戦慄いた。  意味が分からなかった。  たったそれだけのことで、どうして泥棒のように侵入してくるんだ。  右手首が腫れているのに気付かないほど、アイザックは彼の言動に混乱していた。 「……? ねぇ、本当に大丈夫?」  そうしていると、さらにリジャスから心配される。  皮剥きを中断した彼は、手に持っていた物をベッド脇のキャビネットに置いて立ち上がった。  アイザックは身構える。  これ以上は逃げられない。分かっていながらも、壁に強く背中を押し当ててしまう。 「——いや、大丈夫だ」  兄弟としての距離が破られる直前、アイザックは鋭く言い放った。  壁に頼りながら、ゆっくりと腰を上げる。 「どこも痛くなんてないから……な?」  一瞬だけ両手を広げて、怪我がないことを示す。 「……そう」  納得はしていなさそうだが、リジャスはベッドに戻ってくれた。  不本意ながら、アイザックもその隣に座る。一人分くらいの距離を開けて。  彼が器用に皮を剥く中、アイザックはこれからの事を慌ただしく考えていた。  この後、ヤツは俺を襲うつもりだろう。  その前にどうにか帰したい。  だが、どうやって。  シュルシュルと蛇のように下っていたリンゴの皮が、プツリと切れた。  白い果実をクシのように切り出したリジャスに微笑まれる。 「ほら」  リンゴを目の前に差し出される。  親指と人差し指の付け根にナイフを挟んだ手で。 「あーん」  今、リジャスに逆らうのは得策ではない。  鼻先で光るナイフから目を離せないまま、アイザックは恐る恐る口を開いた。  リンゴを齧る。パリッとした果肉を噛むたびに、新鮮な甘みが滲み出す。 「美味しい?」  リジャスの機嫌を損ねないよう、アイザックは何度も頷いた。  ひとつのリンゴを分け合って食べた直後、アイザックはリジャスの方を見る。  これから彼を説得しなければならないからだ。  その瞬間、唇に嫌な感覚が走る。  ()むような接吻を受けていると気付いた時、アイザックはリジャスを突き飛ばした。  相手がすぐ武装できる状態にあるにも関わらずだ。  ほんの少しよろめいただけのリジャスは、口角を上げた。  涼しげな目に捉えられ、動けなくなる。 「嬉しいくせに」  どこからどう見れば嬉しそうに見えるのだろう。  恐怖の奥底に潜んでいた怒りが、沸々と湧き上がる。 「……俺の部屋には来るなと言ったはずだが」 「そうだね。けど、寂しかったから来ちゃった」  擦り寄るような甘い声に心底うんざりする。 「だって、兄さんってば全然僕の部屋に来てくれないんだもん」  クスクスと笑う様子は、少年のようだった。 「焦らしてるんでしょ、僕のこと」 「……なんだって?」 「この前僕が兄さんを焦らした分だけ、僕のこと待たせようって思ってるんだ」  いつもの癖で、リジャスの言葉を噛み砕こうとする。 「でも……ふふっ、兄さんも僕と二人きりになりたくて、たまらなかったんだね」 「どうして、そう思うんだ」 「だって、コテージの扉、開けててくれてたじゃない」  飛躍した考えについて行けず、アイザックは絶句する。  二人きりになることと、コテージの鍵を開けておくことを結び付けられない。 「僕のこと締め出したのはいいけど……寂しくて、コテージの方だけは開けてくれてたんでしょ?」  誰がそんなことをするか。  家族がコテージから入って来るなんて想像すらしたことがない。  しかもここは、二階なんだぞ。  リジャスに体を寄せられる。その分だけアイザックは身を引いた。 「リジャス……自分の部屋に戻ってくれないか?」 「どうして?」 「今日は……その、そんな気分じゃ、ない」  リジャスに合わせ、恋人のような言葉を使う。 「だから戻ってくれ。……な?」  子どもに言い聞かせるように、アイザックはリジャスに頼み込む。 「えー、でもなぁ」  素直に戻ってくれなさそうだ。とアイザックは身を縮こませる。 「最近の兄さん、色っぽいから」 「……いろっぽい?」  オウム返しするだけの機械みたいになったアイザックは、リジャスから押し倒された。  呻き、顔を青ざめさせる。あの時のことがフラッシュバックしたから。 「そう。馬車に乗ってる時も、図書館にいるときも。……そんなんじゃ害虫が寄って来ちゃう。だから一回、吐き出させないと」  手を下へ伸ばされたアイザックは、彼の手首を咄嗟に握った。 「待ってくれ!」  額に汗を浮かべながら頼み込む。彼の考えを阻止するために。 「本当にそんな気分じゃないんだ!」  リジャスの顔を見上げたアイザックは、鋭く息を吸った。  彼の瞳に、剣呑な光が宿っている。それは、フォスターを睨んでいたあの目に似ていた。 「……嫌なの?」  その声には生気が欠けていた。  鬱蒼とした森から這い出たような暗さが、がらんどうな音を埋めているだけ。  アイザックは全身を冷や汗で濡らす。  『リジャスから刃物を突き立てられてもおかしくない』と本気で思ったから。 「ち、違う」  アイザックは首を横に振った。  性の暴力と血の暴力。どちらかを選ばされるなら、血の暴力を選ぶ。  犯されるくらいならば、殴る蹴るをされた方がマシだとアイザックは思うから。  しかし刃物が登場するとなると話が違う。  ナイフで刺されれば大ごとになる。  当然両親にも知られ、リジャスとの関係すら暴かれてしまうだろう。  そうなれば、この生活は終わりだ。  父と母を引き剥がすことに繋がり、多大な迷惑をかけてしまう。  もう、アイザックには一つの選択肢しか残されていなかった。 「すまなかった。その……嫌、じゃない」 「じゃ、させてくれる?」 「……あぁ」  アイザックは頷き、リジャスの手を渋々離す。  彼の手が蛇のように伸びてくる。  寝巻きの中をまさぐられ、萎えたままのペニスを掴まれた。  その瞬間、快感がじんと滲み出た。  リジャスに襲われ無理やり高められてから、アイザックは自慰をしていない。  ヤツの手で欲情したと認めないために、どれほど疼いても無視し続けたのだった。  その結果……再びリジャスの手で悦ぶことになってしまった。  リジャスが横向けになった。  添うように寝そべった彼から、性器を外へ引っ張り出される。  アイザックのそれには兆しが現れていた。  ぶら下がる袋は張っている。  見ただけで、内部で快感のもとが沸々としているのが分かるほどだ。 「やっぱりだ。ダメだよ、こんなに我慢したら」  一方の手で屹立を擦られながら、もう一方の手で陰囊を包まれる。  持ち上げられ、握られる。どれほど蓄えているかを確かめるように。  潰されかけたことを思い出した途端、アイザックの肉茎が鋭さを失った。 「大丈夫だって。この前みたいに酷いことなんてしないから」  やはり、リジャスは分かっていないようだ。  アイザックにとっては、兄弟としての距離を侵害する時点で『酷いこと』だと。  リジャスの手が、根元から先、先から根元へと反復する。  人間として抑えられない快感が、ビリビリと全身へ伝わってゆく。 「ふっ……う!」  悶えるアイザックの足が、白いシーツの上を滑った。  あぁ、まただ……どうしてまた、俺は……! 「気持ちいいんでしょ? 顔にそう書いてる」  包皮を脱がされた陰茎が強張る。  切っ先が湿り、禁欲の証を滴らせる。  焦らされているうちに、リジャスの呼吸にも熱いものが混じり始めた。 「兄さん、分かる?」  下半身を腰に押し付けられ、アイザックは吐き気を覚える。  リジャスは自分の寝巻きをはだけさせる。  そこから現れたのは、彼の獰猛性を形にしたようなものだった。  覆い被さられる。  芯の通った裏筋に、リジャスのを押し付けられた。  彼の強張りがもつ禍々しさと熱は、手なんかとは比べ物にならない。 「ヒッ……!」  汚物を密着させられたアイザックは、腰を逃がそうとする。 「可愛い」  リジャスが浮かべた顔は、ネズミを(なぶ)る猫のようだった。  リジャスは二人の屹立を同時に掴む。そして、アイザックと一緒に自分も慰め始めた。 「そんなに恥ずかしがらないでよ。二人きりなんだから」  絡みつくような手つきで責め立てられる。  同時に雄同士を擦り寄せられる。  わずかに腰を上下させる様は、性行為に励む男そのものだった。 「ずっと、やりたかったんだ、こういうこと」  表情をとろけさせる。それでもなお、リジャスの美貌は崩れない。 「あぁ……兄さんの、すごく熱い……」  ぐ、ぐ、ぐ。リジャスの強張りが膨張する。 「気持ち良くてたまらないんでしょ? ……ね?」  返答を促されたアイザックは、小さく頷いた。 「あぁ」  アイザックは言葉を途切れさせた。屈辱的な悦びを息に乗せて逃すため。 「気持ち、いいぞ」  リジャスの喜びそうな言葉をひねり出すと、彼は満足げに鼻を鳴らした。  先に限界が来たのはアイザックだった。  表情や体温、呼吸から、まもなく終わりが訪れそうだと読み取られる。 「良いよ……イって」  その直後、アイザックは気を逸した。  白濁を滲ませた肉茎が大きく跳ねる。  とろみがこぼれて、アイザックの下腹部を濡らしてゆく。  リジャスは、自身の手と恥肉を以て、愛する兄のオーガズムを感じた。 「ふ……んん、っ」  キスによって、漏れ出る息すら奪われる。  射精直後のペニスを扱かれる。上手に吐き出せたことを褒めるような撫で方で。  絶頂の波が引かないうちに、リジャスが手を速めた。 「あ……あ、あっ、あっ……!」  陰茎が感じた苦悶をそのまま声に乗せる。  くすぐったいようなこの感覚は、アイザックの中の前例にない。  腰を逃がそうとしても、リジャスに覆い被さられているせいで、まったく身動きがとれない。 「だ、駄目だ駄目だだめだ、苦しい、っ」 「逃げないで。……もう、僕のために我慢してくれるのは嬉しいけどさ。駄目だって、こんなになるまで溜め込んじゃ」  苦しみと悦びの狭間で溺れながらも、先ほどの言葉を聞き逃せず、視線で訊ねる。 「僕とたくさん愛し合いたかったんでしょ? だからこんなに張り詰めるまで溜め込んでさ」  リジャスの溜息は甘かった。 「ねぇ。普段、鏡見てないの? 兄さんって本当に魅力的なんだよ? 溜め込んだら色気が出て、僕はもっと狂っちゃいそうになるんだよ。だから……定期的に、吐き出してもらわなきゃ……!」  刺激を絶え間なく与えられる。  奥歯をギリギリと噛み、両手でシーツを握ってしまう。  雄同士がぶつかり合う最中、またもやアイザックは絶頂の渦に突き落とされた。  刀身を大きくしならせて、精をボトボトと落としてしまう。  リジャスも絶頂に至るため、さらに激しく性器を虐める。  その行動に込められたのは、善くなりたいという本能だけではない。  最も愛する人を想いながら自分を慰めるという、誠実さだった。 「あ……あぁぁぁ……あ、あぁぁ……!」  独りよがりに巻き込まれる。  萎えたペニスを乱暴に扱かれ続け、アイザックは獣同然の痴呆的な喘ぎ声をあげた。  無理に押し潰された恥肉の先から、絶頂の残骸がとろとろと溢れる。  強烈な快感の前に、アイザックは知性と上品さを欠いた表情を浮かべてしまう。 「あぁ……その顔! すごく、いい……っ」  リジャスの欲望が、さらに膨張する。  体をマグマのように熱くし、呼吸を荒くする。  苛烈な責め苦の中。アイザックの陰茎から、内部に残っていた精液がどろりと吐き出された。 「兄さ……ッ!」  それはまさに『爆発』と表現するにふさわしい。  激しく上下するリジャスの屹立に、情けなく萎んだ陰部を何度も打たれる。  鋭く放たれた精が、暗闇の中で弧を描き、アイザックの腹に降り注ぐ。  火傷しそうなほどの熱を帯びている。  それでいて、張り付いてこぼれないほど濃い。  息を跳ねさせるリジャスから口づけを受け、ようやくアイザックは解放された。  アイザックの体力は尽きていた。  ベッドの上で仰臥し、時々体を小さく跳ねさせるしかできない。 「——」  立ち上がったリジャスは、アイザックの下腹部を一瞥(いちべつ)する。  そこには二人の精液が残されていた。 「好きに使っていいからね」  返事を待たないまま、リジャスはいやらしい精の匂いに包まれた部屋から消えた。

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