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第十六話:ハリンストン兄弟の共愛

 ふ、ふ、ふふ、ふ、ふ。  それは絶望の音だった。  ふふ、う、ふひ、ひ、ひひ、ひ、ひ。  不規則なリズムを刻むそれは、ハリンストン家を更に暗く沈ませる。  ひ、ひ、ひひひ、ひ、ひ……  アイザックは、その声の持ち主が自分であることに気付いた。  (うずくま)るアイザックの傍には、リジャスの肉体が転がっている。  横向けに倒れた姿勢のままピクリとも動かない。  ある意味、美しい。  頭を濡らす血の赤と、手向けるように散らばった百合の白。  アイザックは右腕を振り上げた。  手には花瓶だった物が握られている。  鋭利な陶器の破片から、アイザックの鮮血がツウと滴った。  破片を自身の左手へ振り下ろす。  骨に突き当たった。熱と共に血が溢れるが、アイザックは何度も手の甲を傷付けた。  何度も。何度も。何度も。  こうでもしないと罪悪感に押し潰されてしまいそうだから。  ――終わりだ。  滴のように胸へ落ちた言葉に籠っているのは、絶望だけではなかった。  ――もう俺は人を傷付けない。リジャスという武器を失ったのだから。  同時にアイザックは、自分自身とハリンストン家の未来をも手放した。  それでも、これ以上領民を傷付けるよりは……  ――カハ、ッ。  音を聞いたアイザックは、咄嗟にリジャスを見下ろした。  先ほどまで閉じられていたはずの口が開かれている。  リジャスの苦しげな息遣いが、淀んだ空気に溶けてゆく。  リジャスはまだ生きている。 「……っ」  悪魔の息の根を止めるのは今しかない。  瞳孔を小刻みに揺らしながら、アイザックはリジャスの傍に座り込む。  震える両手で破片を構え、ゆっくりと振り上げる。  その先を行動に移せない。  ――今だ。やれ。  誰かの叱咤が頭の中に響く。  しかし、わなわなと虚空を彷徨うアイザックの手から、凶器が滑り落ちてしまった。  ――無理だ。  もし彼を殺せば、アイザックは二度と日の下を歩けなくなる。十八の青年にとって、あまりにも残酷だ。  それに……これでもリジャスは家族なのだ。  座り込んだ姿勢のまま弟を見下ろす。瞬きすら忘れた目は酷く乾いていた。 「分かった……分かったよリジャス。俺が悪かったんだ」  弟の胸に手を当てる。心臓が脈打っているのを感じながら、アイザックは穏やかな口調で話しかけた。  彼から目を逸らさないまま、(おもむろ)にポケットへ手を伸ばす。  丸薬を包みから取り出すと、躊躇いなく口に含んだ。  カリ……ポリ、ポリ……  乾いた咀嚼音が冷たく響く。  薬特有の強烈な苦味に舌を刺される。  それでも眉ひとつ動かさないまま、アイザックは薬を飲み下した。  ***  リジャスは意識を取り戻した。同時に頭が酷く痛んだ。 「あー……うう、ぅ」  唸りながら、ゆっくりと起き上がる。  酷い頭痛だ。まるで、頭の中で教会の鐘が、けたたましく鳴っているかのようだ。  一体、自分はどれくらい眠っていたのだろう。  木の床に倒れていたからか、背中や腰もズキズキと疼く。  ――そもそも、僕は何をしていたんだっけ。  頼りない足取りで、玄関から一番近い客室へ向かう。  ――そうだ。僕は兄さんを追いかけてたんだ。  部屋の鏡で自分の頭を確認する。くすみのない金髪に鮮血が付着している。  試しに触れてみた瞬間、痺れるような痛みが走った。  どうしてこうなったのかを思い出したリジャスは吹き出した。 「そうだ。兄さんだ。兄さんにやられたんだ。……ハハハ! 傷跡、残ってくれるかなぁ?」  殴打された部分を観察していると、鏡の左側に黒い影が映り込んだ。 「わっ」  押されたリジャスは尻もちをついてしまう。  打った体を労わる間もなく、リジャスは唇を貪られた。 「ん……っ!」  舌をねじ込まれ、歯茎や硬口蓋(こうこうがい)まで撫でられる。  あまりに情熱的なスキンシップに、下着に収まったままの陰茎がじわりと熱を帯びた。 「は……ぁ、っ」  唾液が糸を引き、空中でプツリと切れた。  崩れた架け橋の向こう側を見上げる。 「兄……さん?」  それは確かに敬愛する兄アイザック・ハリンストンであった。  けれど、何かが違っている。  リジャスの上に跨る彼は裸だ。乱れた髪と染まった頬は、まるで性交を済ませた後のよう。  いつも知的に光らせていたはずの瞳は、今は陰気な闇を湛えている。 「リジャス」  頬を撫でられる。 「お前が、欲しい」 「……へ」  反応するより前にガウンに手を掛けられる。  無理やり衣服を剥がされ、下着すら取り上げられた。 「待って。ねぇ、待ってってば」  体と精神がアイザックに追いつかない。  兄を止めようと声をかける。しかしまったく聞いてくれない。  リジャスの足元に(うずくま)ったアイザックが黒髪を掻き上げた。  更に姿勢を低くし、口を開く。 「あっ、待っ……」  制止の声すら(さえぎ)るように、陰茎にむしゃぶり付かれた。 「兄さ……っ!」  声を上ずらせたリジャスは、床の上に投げ出した両手を固く握った。  少しざらりとした舌で愛撫されるうちに、リジャスの陰茎に兆しが現れた。  十分に強張ったペニスから口を離され、再びアイザックに跨られる。  リジャスの双肩に手をかけた兄。彼の真下には屹立がある。  このまま、挿入するつもりだ。 「……ダメ」  痛みと快感と困惑でクラクラする頭を抱えながらも、リジャスはアイザックを止めた。 「解してない、でしょ?」 「だから?」 「だから……」  言葉に詰まる。殴られた衝撃のためか、続きが口から出て来ない。  ほんの少し黙っただけで、アイザックは行動を始めてしまう。  唾液でヌラヌラと光る屹立に目掛けて腰を下ろし、一気に根元まで飲み込んだ。 「ぐ……っ!」  やはり解していなかったらしい。  呻いた兄の後孔が危険なほど締め付けてくる。 「は……は……っ」  悶絶していた兄は程なくして踊り始めた。 「あぁあっ、あ、あ、あぁ、あ……!」  アイザックは目に薄らと涙を湛えたまま、男らしい肢体をくねらせる。  苦悶に満ちた声が蕩け始めた。快感が、体内をかき回す痛みに勝りつつあるのだ。  そのうちリジャスの心身が現実に追い付いてきた。  淫らだが、頼りなく踊る兄の体を支えるように腕を回す。  背に手を添えると、じんわりと汗をかいているのが分かった。  先に気をやったのはアイザックだった。 「あぁぁ……あ、っ!」  胸の内へ倒れ込んだアイザックの体を受け止める。  火照った兄を抱き締めれば、彼が浴びたオーガズムの甘さを感じられる。  あぁ、なんて愛おしいのだろう。  上手にイけた彼を褒めるように背中をトントン叩く。 「う、うぅぅぅ……っ」  突然、アイザックが泣き声を上げた。  リジャスに抱かれたまま、大粒の涙をこぼして(はな)を啜る。  ――やっぱり痛かったんだ。 「兄さん、大丈夫?」  背中を撫でて慰めると、アイザックは嗚咽を漏らした。  息を整えようとする兄に見上げられる。彼の目には、いつもの優しげな光が戻っていた。 「最初から……最初から、こうすれば良かったんだ。逃げ回ったりせず、最初からお前のものになってれば……」  話を理解した瞬間、歓喜が胸から溢れ出す。 「そうだよ。恥ずかしがったりなんかしなくて良いんだよ。だって僕たち――」 「兄弟、だから」  再び瞳から光を失ったアイザックと手を握り合い、指を絡ませる。 「はっ、はぁ、は、はっ、は……!」  アイザックが律動を再開する。 「あ、あ、あ、愛してる。愛してるんだリジャスっ、とてもとても愛してるんだリジャス愛して愛して」  乱暴な水音を奏で、リジャスの上で踊り狂う。 「僕もだよ、僕もだよ! あぁ、やっと……素直になってくれたんだね」  ギリギリと締め付けられた屹立が歓喜の悲鳴を上げる。  アイザックの体を支え、早々に気をやらないよう注意する。  今のリジャスには、それだけしかできなかった。 「リジャス、っ」  甘ったるい声で名前を呼ばれる。 「一緒に、イきたい」  可愛らしいおねだりまでしてくれるなんて。 「いいよ。一緒に……ね!」  リジャスはアイザックを突き上げた。  アイザックは感電したように身を震わせ、背中を大きく逸らす。  深く深く感じてくれる様子が、愛おしくてたまらない。  ――あぁ。生きていて本当に良かった。 「兄さんっ、そろそろ……!」  アイザックに抱き締められ「うん、うん」と頷かれる。  絶頂の予感に体が強張り、頭が真っ白になった時。 「っは、ぐ……っ!」 「あぁぁあっ、あ、あぁ……!」  ハリンストン兄弟は快楽の渦へ身を投げた。  最奥を染める中「もっともっと」と強請るように締め付けられる。  汗ばんだ体を絡ませながら、アイザックにキスを求められた。  躊躇いなく応じて口内も愛撫すると、わずかに苦いものを感じた。  キスは次第に()むようなものへと変わる。  アイザックが膝立ちし、リジャスに覆い被さった時、弟の陰茎が兄の体から滑り抜けた。  窄まりから溢れた体液には、赤いものが混じっていた。

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