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第6話
氏家母は、グスグスと洟 をすすった。
「哲也は事故に遭ったあの日、予備校に出かけるまえにセンター試験をやめたいって云っていたの。どうしても今、やりたいことがあるって。それなのに、私は一方的にバカ云ってるんじゃないって叱って、この子を玄関の外に突き飛ばして、さっさと鍵をかけたのよ。きっとあの子は腹を立てて歩いていたんでしょうね。まともに前も見ないで。それで赤信号見落として車に轢かれたのよ」
ぜんぶ私が悪いのよ、と彼女は呟いた。俺はなんて返したらいいのかわからなくて黙っていた。
彼女はベッドのそばによると、息子の頭をやさしく撫でた。
「哲也、もう一週間も寝てるのよ? ほらっ、起きなさいよ」
今度はペチペチと頬を叩く。それでも氏家はまつ毛一本すら動かさない。
「医者 はいつ起きてもおかしくないのにって云ってるの。調べて見ても脳波にも異常はないんですって。だったら、この子が起きたくないって思ってるんじゃないかって、私は思ったの。センター入試やピアノのレッスンが嫌で、私の云うこと聞くくらいなら死んでやれって思ってるんじゃないかって。ねぇ、藤守くんはどう思う?」
「あの、俺……」
氏家と話したことがない俺に、彼が事故のまえになにを考えていたかだなんてわかるはずがない。でもひとつだけ、ちょっと特別な力をもつ俺だからわかることもあった。
「哲也、このまま死んじゃったらどうしよう。うぅっ」
膝を折った彼女が、ベッドに突っ伏した。
「生きて目を覚ましてくれるなら、もうそれだけでいい! あとの人生は哲也の好きにしてくれたらいいから!」
どう切りだしたらいいかわからず、俺は首を伸ばしたり引っ込めたり、手をグーにしたりパーにしたりしていた。ついには頭のなかもぐるぐるしだす。その間も彼女は、「もう一生ニートでもいいし、なんならモアイ島の嫁を貰ったっていい! ボリビアに移住したりして一生会えなくなってしまっても我慢するわっ」と、意味不明なことを叫びつづけ、ついにはうわぁぁぁぁんっ、と泣き崩れてしまった。
「お願いだから哲也ぁっ、目を覚ましてよぉぉぉっ!」
びぇぇぇぇえええんんっ! とやりだした彼女はまた氏家の頬を叩きはじめた。今度はビタンッビタンッと力いっぱいに。
「ちょっ、ちょっと、おばさんっ、やめてよっ」
(ひぇぇぇっ。美濃~っ、助けてよぉっ!)
肝心なときには姿を現さない担任の顔を恨めしく思い浮かべながら、俺は氏家母にとびついた。後ろから羽交い絞めにして、氏家の傍 からひきはがす。
「やめてっ、くださいっ!」
「やっ、放してっ! 哲也ぁぁっ」
(よくもこんなイケメンに手をあげられるなっ)
見れば氏家の頬はかわいそうに、真っ赤に腫れてきている。
「哲也~っ、起きてよぉぉ。お母さんがっ、お母さんが悪かったからぁぁっ」
「おばさんっ、落ちついてっ、ここ病院だから、静かにしてくださいっ、って、ねぇっ!」
「お願い、死なないでっ。なんでも許すから、お母さんを許してっ、ねぇっ、ねぇっ、だから起きてちょうだいぃぃっ!」
「おばさんっ、死なないよっ! 氏家―、て、哲也くんは、死なないから、お願いだから落着いてっ」
「ほんとに死なない? ほんとに?」
くるりと振り向いた氏家母が縋りついてこようとしたが、俺は反射的に彼女を突き飛ばしてしまった。
わずかに感じた彼女の胸のふくらみにゾゾッと嫌悪が走ったのだ。意外なことがきっかけで、自分が女のひとに興味がないだけじゃなく、どうやら女体に嫌悪感をもっているってことを知ってしまった。
ガーン。
(俺ってそうだったんだ……)
自分がゲイだと確定した瞬間だった。いやいや、それよりもだ。
「おばさん、ちゃんと見て!」
俺は彼女の腕をひっぱると、氏家のまえに立たせた。
「ほらっ。よーく見てみて。哲也くんの霊体、ちゃんと均等に本人の身体にくっついてるでしょ?」
しかもしっかりエネルギッシュに輝いている。彼女はわかっているのかわかっていないのか、―いや、わかるわけないか? 目をまんまるに見開いて息子のことを頭のさきからつま先まで眺めまわした。
つづいて俺は隣のベッドに続くカーテンをシャッと開けて、坊主のおじさんを指さした。
「おばさん、ほら、このおじさんと哲也くん比べてみて。あぶないのはこっちのおじさんのほうなの。このひとの場合は霊体がくすんで見えるでしょ? しかも左のほうに偏っている。こういうのがヤバいんだよ」
俺は「おじさんっ、しっかりしなよっ!」と彼の脛 をバシバシ叩くと、シャッとカーテンをもとのとおりに戻した。
「どう? わかった? 哲也くん死なないから! しかも霊体ピッチピチ!」
「……ほ、本当なの?」
まぁ、そりゃ見えないよね、ふつうは。俺だって欲深い悪霊以外は、そうとう目を凝らさないとちゃんとは見えないんだから。まぁ、そんなもの見たくないからそれでいいんだけどさ。氏家母に見えないのはしかたない。かわりに俺ははっきり頷いてみせた。
「絶対哲也くんは死にません。俺が保証します」
「……そ、そう? 信じていいのかしら?」
憑き物が落ちたようにおとなしくなった氏家母が「哲也はいいお友だちを持ったわね」と呟いた。
もちろん氏家の友だちなんかじゃない俺の胸がしくっと痛む。
「あっ、いけない」
ふいに棚の上の時計を見た彼女は慌てて足もとに落としていた鞄を拾いあげると、
「達也を迎えに行かなきゃ。それじゃあ、ゆっくりしていってね、藤守くん! またねっ」
と、慌ただしく病室を飛び出していった。
(えっと……、あれ?)
「結局おばさんはここに何しに来たんだろう?」
あまりもの疲労と脱力感に見舞われてバタッとベッドに転がった俺は、しばらくのあいだ窓の外の傾いていく太陽を眺めて過ごした。
「氏家さーん。入りますよー」
「えっ? あっ、はい」
この病室はいまや俺の憩いの場所になっているらしい。いつのまにか眠っていたらしい俺は、カーテンを開けられると涎 を拭きながらベッドから身体を起こした。
ライトグリーンの制服の女性たちは介護士だという。ワゴンにのっているのはテッシュやおむつ? ふた付きバケツ??
「あれ? 弟さんかな? それともお友だちさん? 今からおむつを交換しますので」
「あ、はい。お願いします」
椅子に腰かけたまま、俺はぺこりと頭をさげた。
「じゃあ、おむつを交換しますので……」
「はい、どうぞ」
俺は哲也くんのほうにむけて「どうぞ」と手を差しだした。
「いえね、おいにちゃんはちょーっと、出ていっててくださいね」
「えっ、あっ、ええっ⁉」
介護士さんに腰をひっぱりあげられた俺は、ぺいっとカーテンの外に放りだされてしまった。
(そんな。気を遣ってくれなくても……。俺、ちょっと興味あるんですけど?)
そうっとカーテンを捲って隙間から顔を覗かせるとまたたくまに見つかってしまい、ひったくられるようにしてシャッとカーテンが締められる。
ちっ。
(哲也くんの、アレって…………)
どんなんだろうってぼんやり想像してみる。頭のなかで完成した彼のソレは俺のモノをひとまわり大きくした感じだった。
ついでにソレが俺のお尻のなかに入ってきたところなんてのも想像してみる。ソレはご都合よく痛みもなく入ってくるのでどちらかというと妄想か。そしてその妄想は、今朝知ったばかりの快感につながっていった。
臍の下のどことも説明できないあの箇所が、ぐいぐいと突かれるあの感覚。哲也くんのアレで。
(うぅっ)
ただでさえあんなに気持ちよかったのだ。それをだ。俺のそこをぎゅんぎゅん収縮させるのが哲也くんのイチモツなんだと考えると、途端に興奮してきた。
すでに体験済み。しかも今朝のことなので実際に感覚までが蘇ってくる。
(あぁ、いいかも……)
下着に隠れたお尻の穴がきゅんとなって、腔内 がウズウズと蠢きだす。腰がぞくぞくってした。手で口を覆って出そうになる声を塞ぎながらプルプル背筋を震わせていると、
シャッ!
いきなりカーテンが開いた。
「はいっ、終わりましたよー」
って、なかから介護士さんたちがでてきて、俺は飛びあがって驚いた。
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