12 / 31
第12話
***
月曜日。俺はいつものように昼から哲也くんに会いに行って、それから学校にやってきた。
家をでるとき、もう卒業式まで着ることがないと思っていた制服に袖を通すのに憂鬱になった。シャツのボタンなんて、指が震えてしまってなかなかはめれなかったほどだ。それでも最後になるかもしれない制服姿を哲也くんに見てもらおうって思うことで気持ちを奮い立たせたりして。
病室についてから彼にその姿をお披露目したときには、デジカメを持ってくればよかったかな? と思ったのだ。哲也くんといっしょに映る写真が一枚くらいあればいい思い出になったかもしれない。
夕食用につくったお弁当は、哲也くんのところに置いてきた。そうすればここにちゃんと戻ってこられるって、おまじないのように思えたんだ。
俺のクラスは7組で、長い廊下の角を曲がったさきに教室がある。この時期三年生は一般授業はまったくなく、補講用に使われている教室はおもに階段から近いほうの教室だけ。だからこんな廊下の奥になんて、だれもやってこない。
職員室からこっそり鍵を持ちだせば、そこは気に喰わないヤツを呼びつけていじめるのにお誂(あつら)えむきの場所になるのだ。
「おっ、来た来たーっ、ホモ守、はやく入れよ!」
「マジ、来たかーっ⁉ くそっ、俺の負け?」
「はい、五百えーんっ」
ツカツカ足早に向かってきたヤツが、足が竦んで動けないでいる俺の腕をひっつかんで教室のなかに引っ張りこんだ。
「ばっか、お前、来んなよっ。賭けてたのによ。お前、代わりに金払え!」
「―っ」
バシッと頭を叩かれ、そのまま教室の奥へ乱暴につれていかれる。そのあたりだけ机や椅子を蹴り倒しでもしてつくったようなスペースがあり、竹中と猶本と、そしていつか見たようなメンツが揃っていた。
脱がされたコートのポケットに手をつっこんでいたヤツが「コイツ財布もってない」と不貞腐れて、コートを床に投げつける。
(持ってくるわけないじゃないか。俺、そんなに頭悪くないし)
そしてまた「気がきかねぇヤツだな!」とバシッとひっぱたかれた。
「お仕置きだな。ホモ守くん」
猶本が顎をしゃくると俺は数人がかりで手足を掴まれて、乱暴に床に引き摺り倒された。あちこち身体を打ちつけたが、誰かの肘がぶつかったこめかみがいちばん痛い。俺は呻きながら、眇 めた目で竹中の姿を捉えた。
どいつもクソで最低だけど、それでも雑魚だ。ひとりひとりでは俺にたいしたことはしてこない。せいぜい嫌味を云うか、小突いてくる程度だ。そんな雑魚も竹中がいるととたんに気を大きくして暴力がひどくなる。すべては竹中しだい。だから俺は竹中の動向には注意を向ける。本当なら近づかないのがいちばん。でも捕まってしまえば―、そのときは抵抗しないのがいちばん。抗っても口をきいても竹中からは暴力が返ってくるのだから。
極力抵抗しなければ彼らの嗜虐性を煽らずにすむし、興奮さえさせなければこんなバカなヤツらだって見えないところに傷をつけるくらいの知能を働かせることができる。最低限の暴力と屈辱に耐えたら、たぶん小一時間で解放されるはずだ。大丈夫。大丈夫。
俺を拘束する奴らがクスクス嗤 う。今日は全員で五人? だったらこのあいだよりは少ないからマシかな。よかった。
離れたところで机に腰をかけた竹中は、スマホを操作していた。
「なんだ、コラッ。じろじろ見んな。ホモ、きしょいんだよ」
竹中がこっちにやってきて、スマホのディスプレイを俺の顔のまえに近づけた。見たくなくて目を背けると、ディスプレイのなかの写真をフリックしながら彼が云った。
「ほら。このあいだの記念写真。お前にだけまだ送ってないもんな。ここにきたってことはお前もコレ欲しかったんだろぉ? ほら、ちゃんと見ろって。しっかり保存してるし、家のパソコンにもバックアップとってやってんだぞ? ありがとうございますは?」
頬をぐいっと掴まれてギリギリと力を加えられる。痛みに涙がにじんだ。
「ほら、云えよっ! 無視か? 生意気なんだよ。そうだ、お仕置き、お仕置き。それとも云うか? ごめんなさいって?」
胸ぐらを掴まれて床に頭をガンガン打ちつけられ、「ほらほら、云えよ」と急かされる。こんなヤツらにひとを殺す度胸はないと頭では理解していても、いちど恐怖心に襲われるともうだめだった。
「……ごめ、んなさ……いっ」
わななく俺の唇から、言葉が零れた。
弱みを見せたら、こいつらはどんどんつけあがって卑劣になっていくってわかっているのに―。こわかったんだ。くやしい。見せたくなんてないのに、どうしても涙がでしまう。
こいつちょろいな、あやまりやがったと、下品な笑い声があがる。そんななかで竹中が声をはりあげた。
「よしっ、そんなおりこうさんのホモ守くんのために、今日も撮影会してあげよう! 写真欲しいんだろ? だから来たんだもんなっ。ヘンタイ! ―おい、お前らコイツの下、脱がせろ」
「やっ、やめっ……、はなして……」
ベルトを外されズボンをずらされた。そこまでされたところで、竹中が俺の足もとに膝をついた。俺の足を掴むと上履きを脱がし、ズボンも片脚づつおろして足から抜いていく。
「……やっ……」
もう声も出なかった。全身が震え、歯がカチカチとなる。このまえは下着をはぎ取られ、触られた。恐怖で俺のそこは縮こまりコイツらを喜ばせていたが、仮に反応したとしてもそれはそれでコイツらには好都合なんだ。今日はなにされる? もっとひどいことされるのかもしれない。ひどいことされたあげく、うっかり殺されたりする? 俺の死体、隠されたりする?
(やだ……、怖い、怖い、怖い)
竹中にパンツをずらされると、足首を拘束していたやつらに足を広げられた。丸見えになっているソコを竹中があざ笑いならが写真を撮っていく。なんで触るんだ。ひとのそんなの触って汚いと思わないのか? 同性に憧れてときめいているだけの俺がホモだって云うなら、オトコのそんなところ喜んで触っている竹中のほうがもっとホモじゃないか。
そのとき、ガラッっと教室の前の扉が開いた。みんながビクッと身体をすくませる。
「なんだ、お前かよ。びっくりさせんな。ってか遅いんだよっ」
教室に新しく入ってきたのは、コイツらの仲間だった。ほかのだれかに見られなくてほっとすると同時に、誰かが助けに入ってくれたらいいと切望する。
「金村は?」
「それがさ、辻本がこの教室に向かってきてたんだよ。で、やべってなって、金村がセンセー数学でわかんないとこあるってうまいこと云って連れてった」
「うっわ、やばかったじゃん。金村グッジョブ!」
一同、やんややんやと騒ぎだす。そして俺はまた、頬を殴られた。
「お前、教師にチクったんじゃないだろうなっ⁉」
そのままたてつづけに腹や胸を蹴られた。
「やっ、……ってないっ―、やめ、てっ、云ってな、いっ」
「はいはい、お仕置き、お仕置き」
新参のヤツが床と俺の背中のあいだに足をいれ、ぐいっと蹴って俺をひっくりかえした。鳩尾を蹴られたショックで咳き込んでいた俺の腰を竹中がつかむ。竹中はそのまま俺の尻を持ち上げた。
(うそっ、うそっ⁉)
背後でカチャカチャと鳴るベルトを外す音に、俺は血の気がひいていった。
「ぃやっ―、は、はなせっ」
懸命にもがくと俺の両肩を押さえつけていたヤツらの力がますます強くなった。伸びてきた手に頭まで押さえつけられて頬がざりっと床にこすれる。
「おっまえ、マジかよっ、竹中ーっ」
「やんの? まじやんの?」
「痛めつけるんなら、コレがいちばんじゃね? お前らコイツんことしっかり押さえつけとけよ!」
「ギャハハハハッ、うっそ、お前よく勃つよな? 俺、カメラ係ーっ」
「俺もやってみたいかも! 竹中あとで代われよな」
「じゃ、俺もやってみようか? 三番目~っ」
「おい、泣いてないで、しっかり腰あげてやれよ! 竹中がやりにくいだろ?」
髪をつかまれ頭をガシガシゆさぶられた。
俺ってまるで目もくれられず踏まれて蹴られて、そのうちズタズタになって消えていくゴミみたいだ。ほんとうにこれから俺は消えてしまうのかもしれない。
いままでもこいつらに乱暴されたあとに、消えてなくなりたいって思ったことがなんどもあった。でも本当に消えてしまいそうないま、俺は自分の存在がなくなってしまうことが急に怖くなってきた。
たすけて。誰か、たすけて。
怖くて怖くて、しかたなくて。そして助かりたいと強く願った。
(たすけてっ、たすけてっ! 誰でもいいから、俺のこといますぐたすけて!)
いまこの場に誰か飛びこんできて。強いヤツ。こいつらを追い払ってくれるヤツ。俺の味方になってくれるヤツ。弱いヤツはだめだ。だってこいつらに睨まれたらきっと逃げていく。そんなことをされたら残された俺は―、俺の存在はぜんぶ終わってしまう。身体や精神 が傷つくだけじゃない。生きていくことを否定されてしまうんだ。
丸みをおびたなにかが尻のあいだに触れた。あてがわれたそれはぬるっとしていて、俺は息を呑んで目を瞠る。その瞬間パニックになった俺の脳が、ここにいるヤツら以上の人数が俺を押さえつけている錯覚をおこさせた。頭のなかにいつかの記憶が鮮明になっていく。
「やっ、い、いやっ」
―たすけてっ
壁に叩きつけられ押さえつけられ、殴られて。たくさんの手で体をまさぐられて。
「いやつ、いやっ ―っ」
―こわい、こわい、こわいっ
あのときもきっと、俺は叫んでいるつもりでも吐息すら洩らせていなかったのかもしれない。
「誰かっ―!」
ガラッと音を立てて開いた扉。あのとき教室にはいってきたすらっとした高身長の彼は、俺を囲むこいつらと俺のことを凝視した。皺ひとつないきれいな制服をかっこよく着こなしている彼にたいして、俺の姿はほとんど裸で、傷だらけで汚くて―とても醜かったんだ。
でも彼が入ってきてくれて、あのとき、俺は助かった。
俺は助けられた、彼に―。
(氏家……、氏家……)
「たすけて……」
(あの時みたいに。……いま俺を助けて)
「たすけて、うじ、いえ……」
強張る口を開いて名まえを呼んだら、サビた鉄の匂いが鼻をついた。震える舌を必死に動かして紡いだ言葉は、しゃがれていて誰にも聞こえなかったかもしれない。
みりっと皮膚を裂き、俺のなかに竹中の肉が押しこまれそうになった瞬間、―ふいに教室の電気が消えた。
「なんだ? 停電か?」
竹中の身体が離れる。俺の目からぶわっと涙が溢 れた。冬の夕刻。教室の蛍光灯が消えると部屋はとても薄暗く、幼稚なオトコたちの下卑た興奮をいっしゅんで冷まさせたようだ。
バリンッ‼
「うわっ⁉」
突然、廊下側の窓の一枚がはじけるようにして割れた。
「―な、なん、」
みんなが動揺するなか、猶本がなん―「だ」、とつづけようとしたタイミングで、バリンッ、バリンッとつぎつぎと窓が割れていった。天井のいくつもの蛍光灯が不規則に点滅しはじめると、悲鳴があがる。
「でたっ! でたでたぁぁ⁉ ゆーれい~っ!」
「ポルタ―ガイストだぁぁっ ぎゃぁぁぁぁ!」
「ちょ、ちょっと待てよっ、俺を置いていくなっ!」
みんなが教室を飛びだしていくと蛍光灯はまたもとのとおりに点灯して、静まり返った教室には俺の嗚咽だけが響いた。
ともだちにシェアしよう!

