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第17話

 面会時間でもない時間に、一度帰ったはずの俺がまた病院にやってきた。しかもベソをかいて、ってなると好奇心旺盛な幽霊たちは瞬く間にたかってくる。さながらラグビーで楕円球を抱えた選手を追いかける相手チームだ。死んでいるのに元気なヤツらめっ。俺はそいつらを蹴散らしながら東棟まで突っ走り、階段を駆けのぼった。 「おっ、どうしたんだ、こんな時間に?」 「あらあんた泣いてるの?」 「俺とつきあってくれっ」 (あぁっ、もう話かけないでよっ。みんな顔こわいぃぃっ)  ようやくたどり着いた哲也くんの病室のドアをバタンと閉めた俺は、ひぃっとなった。ドアから無数の手がこちらに伸びてきたのだ。  昨日もうっすら色づいた幽霊が二、三人この部屋を通り抜けていった。美濃の友だちのキノシタさんもドア越しにずっと美濃のことを呼び続けていたし。どうやらこの部屋の威力が弱まってきているらしい。 「あっ、もしかしておじさんのせい⁉」  坊主頭のおじさんのところのカーテンをシャッと開けた俺は、確信した。おじさんは偉いお坊さんだって云ってたもんな。 (そっか、いままでおじさんのお陰で悪霊が入って来れなかったんだ)  で、いまはおじさんが弱ってるから幽霊たちが入ってきそうになっていると。なるほど。 「おじさんっ! しっかりしてよ、もうっ。哲也くんが起きるまではぜぇぇったいに死なないでよね!」  俺はおじさんの脛をバシバシ殴りつけ、「ねぇ聞いてんの? ホント頼むよ?」としっかりお願いしてから、哲也くんのところに向かった。 「うぅっ、寒いっ」  コートと靴を脱いでそそくさとベッドのなかに潜りこんだ俺は、哲也くんのうえにのっかり抱きつく。ぎゅっと彼の胸に頬を押しつけ、滲む涙を彼の寝まきに(なす)りつけた。 「哲也くん、俺もうみんな嫌い、大嫌い、あぁぁっ、もうっ、もうっ、もうっ!」  脚も腰も額もどこもかしこも、哲也くんの身体に(こす)りつける。そしたら彼のぬくもりで俺の苛立ちがすこしずつ融解していくような気がした。 「みんない―…」  さすがにいなくなれ、とは言葉にはだせなくてきゅっと下唇を噛んだ俺は、「俺がいなくなるんだ」と、哲也くんにも聞こえないくらいのちいさな声で呟いた。  うん。もう家にも帰りたくない。家に帰ってももう安心できないもんな。だったら帰るが意味ない。俺、ここに住めないかな? そうしたら、もうすこし存在していられる? 「俺、哲也くんが起きるまで、ここにいてもいい?」  俺は上体を起こすと、哲也くんの顔を覗きこんで訊いてみた。 「ダメかな?」 (だめだったら、俺、いなくなるしかないよ?)  哲也くんの顔に、ボタボタと涙が落ちた。 「……ひっく。ご、ごめんねっ」  服の袖で濡れた哲也くんの顔を拭くと、俺はまた布団のなかに潜りこむ。ちょっとやそっとでは元気を取り戻せそうにないやと、甘えるようにして彼の脇のしたに顔をおしこんだ。  いっそ出血大サービスで、哲也くんの寝まきを脱がせて生肌に抱きついてみようか、とか、彼のアソコを見せてもらおうかと考える。  でもそれはあとにして、いまはもうちょっとだけこうして哲也くんにくっついて泣いていることにした。(まばた)きを重ねて涙をはじき、彼の寝まきの腕の部分でなんども頬を拭った。そうしているうちに、ようやく落ち着いてくる。泣き疲れた俺はうとうとしだしていて、スンと洟をすするたびにふっと目を覚ました。 (哲也くん……)  そして目が覚めるたびに彼がちゃんと傍にいてくれることに安心していた。  それからしばらくして名まえを呼ばれたような気がして、ふと目を開けた。部屋はしんとしていて、誰もいない。空耳だったのかと思いかけたが、背中を撫でられた感触がしてハッとした。 (ゆうくんだ!)  って、なんでゆうくんが病院にいるの⁉ 俺は慌てて周囲を見渡して「わっ」と声をあげた。 「ゆうくん⁉ えっ、ほんとうに?」  薄暗い病室のなかゆうくんはベッドのそばにゆらりと立っていたが、その姿が昨日よりもまたすこしはっきりしていたのだ。学校であんなに怒った影響もおおきいだろうけど、ちょっとエッチが過ぎたのではないだろうか。  この病院からはじめて家に憑いてきたばかりの彼はまだあどけなくて気配くらいしかなかったというのに、今やスキルだって金縛りだけでなくポルターガイストにまで腕を上げ、すっかり怨霊化してきている。  まだつきあいは短いがそれでも彼は俺が風邪を引いたときにはずっと傍についていてくれたし、学校で嫌なことがあったときには慰めてもくれた。昨日だって危機一髪のところを助けてくれたし、それになんといってもゆうくんは俺の初体験の相手だ。 (あぁ、昨夜(ゆうべ)のエッチも、すっごく気持ちよかったなぁ)  だから、そんな彼には俺は無事に成仏してもらいたいと思っている。  こういう場合は、ナンマイダブツって唱えてあげればいいのかな? でもいますぐお別れしちゃうのはちょっとさみしいな。  哲也くんが目を覚ましたら俺はひとりになってしまう。だからもう少しのあいだだけでも、ゆうくんがいっしょにいてくれたらいいんだけども……。 「どうしよう?」  眉をひそめた俺はこちらの苦悩も知らずに尻をなでさすってくるゆうくんに、ちょっとイラッとしてしまった。 「もうっ、 ゆうく―、ひゃんっ」  窘(たしな)めようとした俺は、急所を撫であげられてビクンと身体をすくませた。たったひとナデで、もう俺のそこはビンビンだ。うぬぅっ、お気楽色情霊がっ!  身体を起こしてコラッと握りこぶしを振りあげた俺は、ゆうくんにふわりと正面から抱きしめられてドキンとして固まった。俺に覆いかぶさる瞬間の彼のシルエットは、俺よりも二回りほどおおきくきれいな八頭身だった。  顔はわからないが、スタイルがともていい。 (ゆうくん、もしかしてかっこいいひと?) 「あっ、待って、ダメだって」  首筋にふれる感触に目を凝らせば、やはりそこには白い影が顔の形に見えていた。頭ちいさい。そしてそこに頭があるってことは、この触れる感覚はゆうくんのキスってことだ。 「や、あっ」  彼に口づけられた首筋から、甘い痺れが広がってくる。 (触れかたや、手だけじゃない。ゆうくんは身体つきも哲也くんに似ている……)  そう思ってしまうと、たちまちに身体が火照ってくる。ただでさえ昨夜のエッチのときに、俺は哲也くんとしてるって想像していたんだ。そのうえ、実際に今俺を抱きしめるゆうくんの身体つきは素敵だし、押し倒された俺の背後には本物の哲也くんがいて、幽霊にはない温もりを伝えてくれる。身体中が心臓になったみたいにひどくドキドキしてきて、俺はぎゅっと目を瞑った。 (どうしよう。こんなところで)  首筋にそってたくさんのキスをされ、長い指で背中や脇腹をまさぐられる。服なんて着ていても意味なくて、刺激はすべて素肌に感じた。 「あ……、あんっ……」  与えられるあまい快楽にぽうっとしてくる。俺は自分の丸めた人差し指の関節を唇で噛みながらちいさい声をだした。  やがてキスは胸にまで下りてきて、透けた手のひらはお尻を探りだす。蜜を垂らしはじめた屹立をぬるぬる擦られ、尻のあいだに指を挿しこまれると、俺の腰はゆるゆると揺らめきだした。 「あ……、あ……、あ……、ふぅんっ」  気持ちいいよぉ。  油断していたら右の乳首をくいっと唇で引っ張りあげられた。俺は「ひゃぁっ」と叫んで身を捩ると目の前の哲也くんの腕にしがみつく。ついでにそのまま彼へと身体の向きを変えてしまうと、蜜を零しピクピクする先端を哲也くんに擦りつけて、くねくねと腰をゆすった。 「あはんっ」 (乳首、齧られたぁっ)  理性なんて欠片も残っていない。だって俺、若いんだもん。できるだけたくさんの快感を貪って、そしてはやく射精()してしまいたいという気持ちでいっぱいだ。でもお尻をいじられ屹立を撫で上げられるだけでは足りなくて。俺は眠る哲也くんに擦りつける腰を激しく動かす。 「あんっ、あんっ、あんっ」  気持ちいい、気持ちいいっ、哲也くん、哲也くんっ。  身体をずりあげ、彼の胸の上に乗りあげる。腹と腹、胸と胸とぴったり寄せて、うっとりと哲也くんの端正な顔を見つめながら、身体を揺すった。 「やんっ、あぁあっん」  無防備になったお尻に侵入した異物が大きくなった気がして振り返れば、ゆうくんの身体がふわりと俺に覆いかぶさるところだった。腔内に(はい)っていたのは、いつのまにか指ではなくてゆうくんのペニス(モノ)だったらしい。すぐにそれは俺の臍の下のあの場所にたどりついた。 「あああんっ」  お尻を突かれてベッドがギシギシ音を立てる。ベッドマットもバウンドして俺の身体は哲也くんごと彼のうえで大きく揺れた。 「ああんっ、ああんっ、いいっ、そこっ、そこっ、もっと! ああんっ、それ好きぃッ、哲也くん、哲也くんっ」  あまりにも強く攻められて、振り落とされないように哲也くんの胸にぎゅっとしがみついた俺は、首をのばして眸を閉じたままの哲也くんの端正な顔を見つめた。気分はもう、まんま哲也くんとエッチをしているようだった。  「あっ……、あっ……、あっ……、」  ベッドがギシギシ揺れ、身体がゆっさゆっさと跳ねる。  いいっ、いいっ、と頭のなかが『いいっ』て言葉でいっぱいになっている。そしてその言葉は口からもたくさん零れでていった。「いいっ」「いいっ」って、なんどもなんども。 「あっ……、んんっ……、あっ、ああっ」  もうそんなにはもたない。股間が窮屈で痛い。俺はズボンの前ボタンを外すとジッパーをさげた。指に触れた下着はぐっしょりと湿っている。  哲也くん、哲也くん、哲也くん。  彼の顎にチュッとキスをして、両手で顔じゅうに触れた。この唇が俺の口を吸い返してくれたらいいと思いながら、貪るようにして彼に口づけた。そのまま頬を舐め、つぎに額にチュッとする。 「あっ、あっ、ふぅんっ、んんっ」  快感に震える指さきで彼の目のふちをそうっと撫でる。この瞼が開いて俺を見てくれたらいいのにと、そこにもキスを落とした。穏やかなやさしい瞳で哲也くんに見つめられたい。  でも、まつ毛を震わせて彼の瞳が開いていく瞬間を想像した俺は、息をつめて凍りついた。脳裡に閃いた記憶のなかの彼の無機質な瞳が、俺の胸を抉ったのだ。  あの日。あの放課後―  刃物に引き攣れた鋭い痛みは、ずっと俺の背中を(さいな)めていた。  乱雑に揺れる視界に、頭のなかに反響するいくつもの下卑た嗤い声。  そんななか、いきなり音をたて開いた扉に、一瞬だけ教室のなかのすべてが静止したようだった。  俺を囲んでいたヤツラのどよめきは、まるで水のなかで聴く音のようにぼやけ、俺の意識はそこに現れた哲也くんに全部持っていかれたんだ。  あの時、酷いありさまの俺を目の当たりにした哲也くんは、僅かに口を開いたけどもなにも云いはしなかった。そのかわりのように彼が眉根を険しく寄せるのを見た俺はひどくショックを受けて、散らかった自分の服を手繰り寄せて抱えると、彼の脇をすり抜けるようにしてその場から逃げたのだ。

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