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第20話

「そう、それに一昨日(おととい)だって、学校でゆうくんが……俺に……もにょもにょ……」 ここの説明だけは、ちょっとねぇ。恥ずかしいったらない。でも美濃にはゆうくんとのエッチも見られちゃったし、俺の粗相の始末に二度もつきあわさせたし、今さらゆうくんとのアレコレを隠しおおせるわけがない。逆にゆうくんのことをコイツに説明しなきゃ、コイツのなかで俺は深夜の病室でアクロバットなひとりエッチを愉しむ変態さんになってしまう。  俺が話しているあいだ、美濃は「うぅっ」だの「あぁ……」だの、難しい顔をして(うめ)いていた。でも以前のように俺の話を否定してこないのは、美濃自身なにか思いあたるふしがあったんだろう。そういや昨日、ゆうくんに突き飛ばされてたっけ? 「ゆうくんはテクニシャンなんだよっ。だーかーらー、ねぇ! ……あのハンカチについてるの、俺の×××なんだからぜったいに警察に持っていかないでよねっ、わかった?」  美濃が眉間に手のひらを当て唸る。でもようやく納得したみたいだ。美濃は「……わかったよ」と、返事してくれた。俺はほっと息を吐く。  ひとごこちついてから口に運んだパンケーキの欠片は、舌にあまく、身体にやさしく糖分をいきわたらせる。 「おいしかったぁ」  残りもパクパクと口に運んで、あっという間に二枚を平らげた。 「足りないなら、おかわり注文しろよ?」 「いいの? やった!」   ウェイターに次々にメニューを追加してくれている美濃を眺めながら、これってけっこうな特別待遇だよなと思った。(いち)教師に(いち)生徒がこれだけ依怙贔屓(えこひいき)してもらっているだなんて、これって、これって……ありがたいことなのかも。  食欲が満たされると心も満たされるっていうからか、俺って人生の最大のピンチにいい担任に当たったのかもしれないと素直に感謝の気持ちが沸いてきた。  「藤守」と名まえを呼んだ美濃が云い淀むようにしてツバを飲む。 「お前が氏家の病室に通うことは反対しない。卒業式に出たくないなら出なくていいようにお前の親を説得してやる。家で過ごしやすくなるようにもとりはからう。それでもどうしてもお前が親に会いたくないっていうなら、なんとか考えてやる。しっかり考えてやるから―、竹中たちとのことをちゃんと先生に解決させてくれ」 「……それって」 「先生、警察に行ってもいいか?」  俺は口を噤んだ。警察はやっぱり怖い。行ったあとどんな展開になるのかわからないから。 「問題がなくなって平穏な生活ができるようになるまでちゃんと藤守のことサポートしてやる。お前が学校を卒業したあとでもだよ?」  俺のフォークを握った手が力なく膝のうえに落ちていく。 (哲也くん、俺、このひとのこと信用していいの?)  伏せた瞳のさきに彼の姿はないけども、それでも俺の胸のなかにいる哲也くんの温かい手のひらがそっと頬に添えられた気がした。 「……うん」  俺がちいさく頷くと美濃は安堵したようで、背後の背もたれにドサッと凭(もた)れかかった。 「ねぇ、先生」 「なんだ? 何でも聞いてやるよ」 「俺、昼はオムライスが食べたい」  きっと心のものさしで美濃のことを計ってるんだろうな。つけ入る気持ちは微塵(みじん)もないが、甘えたことを云ってみる。すると美濃は笑って、「わかったよ」って。 「晩御飯はステーキ」 「…………わかった」  嬉しくなってさらに続けたリクエストには、ちょっと顔を引き攣らせていたけどね。  美濃は俺を病院まで送ると「昼にまた来るから」と云いおいて学校に戻っていった。もしかしたら警察にも行くのかもしれない。けど、もういいや。なるようになればいい、と俺は楽観的に構えることにした。 (だって、俺には哲也くんがいるんだもん。哲也くんがいるうちは大丈夫大丈夫)  しばらくここで生活するのでお金を使うのは最小限にしておこうと、俺は哲也くんの面会時間までをおとなしく病院のロビーで過ごしすことにした。お昼ごろになると美濃がふたたびやってきて、俺をファミレスに連れだしてくれた。  約束通りのオムライス。お礼を云わなきゃとは思ったけど、そうそう素直にはなれなくて、先生ありがとって言葉は胸のうちだけにしておいた。そのかわり俺はとってもおいしそうな顔をしてオムライスを食べたよ?  やっと一時になり、哲也くんの病室に戻ってくると、さっそく勉強だ。布団のうえに参考書やノートを広げ、眠っている哲也くんに聞こえるように声に出してどんどん進めていく。 「お前はそういうところ、本当に生真面目だよなぁ。やることはとんでもないセクハラエロ小僧のクセに」  美濃は俺の隣に折りたたみ椅子を並べて座っている。 「なに? 先生こそ教師のクセして暴言?」  「そのうえ口も悪い……」 「先生うるさいよ? 先生は先生らしく教え子の微笑(ほほえ)ましい姿を黙って応援してろよ」 「へぇへぇ。黙って見ときますよ。それにしても達者な口だな」   ぼやいた美濃をじろっと睨む。 (ああ、いけない、こんなヤツに構っていたら時間がもったいない。それよりも哲也くん、哲也くん)  こうやって受験生がいっしょに勉強してるのって、いいよね。それが友だち同士でも、恋人同士でもね。  俺はさ、高校に入ったときはまさか自分がイジメにあうだなんて思ってなかったから、ふつうに友だちや、あわよくば好きになった()なんかと仲良くお弁当を食べたり買い物行ったり勉強したりして三年間の高校生活を送るんだろうなって想像してたよ。  結局二年になったあたりで、その『ふつう』にはいかなくなってしまったんだけどね。恋人とどころか友だちと受験勉強、なんて夢のまた夢って感じでさ。だからちょっと憧れてたんだよな。それがさ、いまはこうやって叶っている。  哲也くんとおしゃべりして、お弁当やおやつを食べたりして(一方的にだけど……)。まるでずっとひとりで過ごしていた不幸な二年間が塗りかえられていくようだった。 (なんならいっしょの布団で寝たりしてるもんね。友だちをとおりこして、まるで俺たちカップルみたいだね、哲也くん)  口もとが自然に綻び「フフン」と声が漏れる。  はぁ、目を覚ましている哲也くんといっしょにご飯食べるって、どんな感じなんだう。一年で哲也くんとおんなじクラスになれたときに努力して友だちになっておけばよかったと後悔もする。そうしたら、二年で俺が孤立したときにも、彼だけは俺の友だちでいてくれたかもしれない。だって哲也くんは平等でやさしいやつだ。  竹中たちに背中を傷つけられたときだって、俺と哲也くんが友だちだったんならアイツらを蹴散らして俺をすぐに助けてくれたんだろう。哲也くんが友だちだったんなら、俺だってあの場から逃げずに遠慮なく哲也くんに縋りついてわんわん泣いたりして、そして慰めてもらったりして―。 「藤守、お前、氏家のことが好きなんだな」  話かけられて、構文を読むのが止まっていたことに気づく。俺はいつのまにかじっと哲也くんを見つめていたようだ。  つまんない高校生活のおわりに、学校で人気者の哲也くんと特別な時間が過ごせる。ほんのちょっぴりの時間だけど、平坦な日常を送っていたらなかっただろう時間だ。 目を覚ました哲也くんと話すことはないまま、俺たちの関係は終わるんだろうけど、ひとときだけでも恋人同士のように一緒にいれた。まるで奇跡だよ。  この奇跡は自分だけが覚えていたらいいんだ。哲也くんと分かち合うなんてことはあり得ないし、そんなこと求めるなんて贅沢だ。それどころかすべてのことが露見してしまったら、俺は哲也くんに恨まれてしまうんじゃないかな。美濃にだって「犯罪行為だ」って叱られているくらいだもん。  でもさ、少しづつ欲が湧いてくる。せめてひとりだけでもいいから、だれかにこのことを知ってほしい、覚えていて欲しいって。俺と哲也くんがともに過ごした時間、―内緒にしていた俺のはじめての恋の時間を。  参考書に視線を戻した俺は、小さく「うん」と頷いた。 「……そっか」 「先生、今度こそ絶対、誰にも云うなよ」 「わかったよ。―まぁ、ガンバレ」  そう云って、美濃は肩を竦めた。

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