23 / 31
第23話
「うわっ! こら、なにすんだっ!」
「おじさん、ひどいよっ! おばさんがかわいそうじゃないかっ。謝れよ! 美濃先生だってちゃんと先生やってるしっ、先生はおじさんなんかよりいい大人だし! それに哲也くんは、おじさんなんかより一千倍もいい! おじさんなんてサイテーだっ。なんだよなんだよ、エラそうにガミガミ、ガミガミ!」
「おい、小僧! 『なんか』とはなんだ⁉ おまえに俺のなにがわかるんだ⁉ 云ってみろ! 云っとくが俺は腕のある僧侶だ。いっぱい徳 を積んでいるからな。そこらへんの僧侶(やつ)らとは格が違うぞ? ほら云ってみろ!」
「あぁ、わかるよっ! おじさんがそんなんだから、みんなにだいっ嫌われてるってことがねっ!」
「こらっ、藤守っ、お前、もう黙ってくれよ、頼むよぉ」
止めようとする美濃の腕から逃れて、俺はおじさんのところに押しかけた。おじさんもベッドから飛びださん勢いで、腰を浮かせて腕を振りまわす。
「俺が嫌われているだと⁉ そんことがあるかっ。俺はな、除霊師としても一流で業界で名が知られているほどだ。依頼も多くてひっぱりダコよ。世間には俺に感謝してる人たちがごまん といるわっ。近所でも評判で、みんな俺のことを『様 』づけで呼んでる。それで俺が嫌われている訳がないだろう⁉」
「そんなのそのひとたちが、おじさんのことをちょこっとしか知らないからだろ? おじさんはひとに指図ばっかりしている! 周りのひとを自分の思い通りに動かしたいんだ! そんなんじゃ、おばさんや息子さんたちがかわいそうすぎるよっ」
「そうじゃない、みんなが未熟すぎるのを俺が教えてやってるだけだ! 息子も嫁もできないうちは俺に任せておけばいいんだ。それになんの問題がある⁉」
「なに云ってんの⁉ 問題だらけじゃないかっ! おじさんはひとの人生をなんだと思ってるんだよ? ひとにはみんなちゃんとひとつづつ肉体 があるんだよ? その肉体で自由に生きたらいいじゃない? おじさんはなんでひとの人生まで自分のものにしようとするのさっ!」
「⁉」
「そんなことをしているから、魂がふらふらって離れていくんだ! 今日だっておじさんの魂は息子さんやお嫁さんに絡みついてた。そんなんじゃおじさん長く生きられないよ⁉ ホントの病気になっちゃうからなっ」
「へ?」
興奮してバンバン布団を叩きながら云った俺の言葉に、おじさんの目が点になっていた。
岩で頭を打ったあとおじさんが起きられなかったのは、ちゃんと肉体に魂がくっついてなかったからだ。さっきも俺たちやおばさんにむかって暴言を吐いていたおじさんの幽体は、ふんわかふんわか、それぞれのほうに傾いてゆらめいていた。こんなんではおじさんは早死にしちゃう。そして寝ていたおじさんの周りに霊体が寄って来られなかったのは、抜け出していたおじさんの幽体が周囲を威嚇していたからだろうし、
「それとね! おじさんは除霊がうまいんじゃない! 幽霊にまで嫌われちゃってて、逃げだされてるだけなんだ! 絶対そーだ!」
「―お前、なにを云ってるんだ?」
おじさんは困惑したふうに顎をひいた。
「そんな威張りん坊なおじさんの顔なんて家族も見たくないよ。だから見舞いにも誰も来なかったかったんだ! フンッ!」
「お前、もしかして―… は? ちょっと待て、なんのことだ⁉ 俺の見舞いにだれも来ていなかったのか?」
「藤守ぃ~っ。それ云っちゃダメなやつだろ⁉ お前一万円貰ってたじゃないか」
「あっ!」
俺はバッと口を手で覆った。
(やばいっ、おばさんごめんなさい~~っ)
でも俺がおばさんに謝るよりも、おばさんの叱声が飛ぶほうがはやかった。
「そうよ! もう我慢ならないわっ、あなたのその高圧的な態度! まったくその子の云う通りよ! あなた、いったいなに様なのよ? いい? 今までのこと反省して頭を下げてくるまでは、私はあなたを迎えに来ないことにするわ! 私は本気よ!」
「? と、土岐子っ―…」
話しながらささっとコートやマフラー、手袋を身に着けたおばさんは、「これは離婚案件よ!」と云い捨てて病室を出ていってしまった。引き留めようとしたおじさんの手がむなしく宙を掻く。
(あれ? 俺、やらかしちゃった?)
首を傾げて、美濃のほうに振り返ると、
「藤守ぃぃっ、お前、他所 のご家庭壊すなよ……」
と、嘆息されてしまい、仕方がないので俺は「ごめんなさい」とおじさんに素直に頭を下げた。
「俺のなにがいけないんだ……?」
おばさんが出ていった出入口を、呆然と眺めたままおじさんが呟いた。
「自分が絶対に正解だって思ってて、他人 をそのとおりにさせようってすることだよ。おじさんの説法は正しいのかもしれないけど、息子さんの話のほうが相手の程度にあわせたものなんだ。だから相手の心に響くんだって。……そっか、おじさんのお話は馬の耳に念仏なんだね!」
「―っ⁉ なにを―」
「あとね、お寺の経営はおばさんに任せたほうがいいってさ。息子さんのほうが檀家さんに人気があるんだよ。お嫁さんもしっかり息子さんをサポートできている。おばさんはちゃーんと全部わかっていて、おじさんを引退させたんだ」
「なっ⁉」
「おじさんはもう除霊仕事? だけしておいたらいいんじゃない? あんな厄介なヤツらが逃げ出すほど嫌われてるなんて、その才能、せっかくだから利用しなきゃ」
「なにをまるで見てきたような口ぶりでっ、お前はっ―」
「だって、春子? っておばあちゃんがそこでそう云ってるんだもん」
俺は廊下を指差した。そこには白髪お団子ヘアの着物を着たおばあちゃん幽霊が立っている。
「『お前のような愚か者は一度頭をぶつけないとわからない、だから岩を落としてやったわ、わはははは~』って」
腰に手を当て高笑いするちいさなおばあちゃんに、やんややんやとまわりの幽霊たちが拍手していた。
「春子って、そりゃ俺のばぁちゃんだ。お前、霊が見えるのか?」
「見えるし、聞こえる」
嘘じゃないからな、と俺はおじさんを睨んだ。
「……そうか」
おじさんは難しい顔で暫らく黙り込んだあと、「祖母はほかになにか云っていないか?」と訊いてきた。
春子さんはおじさんの性格が心配で成仏しきれないでいるらしい。しかも孫が生まれても還暦を過ぎてもおじさんは一向に魂を成長させない。それどころかますます頑固になっていくので、いたしかたなく荒療治にでたという。
「今回の件で改心しないんなら、おじさんを連れてあの世に還るつもりだって」
「それってどういうことなんだ?」
美濃が恐る恐る聞いてくる。俺は自分の喉に触れて「ここ」って、おじさんに教えてあげた。
「おじさん、いちど首のあたりを検査したほうがいいよ。そこがすごく濁ってるんだ。おばあちゃんは発言に気をつけなさいって云ってる。それが出来ないなら、とっとと生まれ変わって一から人生やり直したほうがはやいだろうってさ」
おじさんはしばらく沈黙した。
「そうか……、わかった。俺もまだ未熟だったということだな。しっかり考えてみるわ。そして残りの人生、俺は心を入れかえて生きていくことにする。―いろいろ悪かったな、坊主」
「いや、坊主はおじさんじゃん」
云い返すと、おじさんがムッとした。慌ててやってきた美濃に俺はまた口を塞がれてしまった。
「もうっ、先生、放してよっ」
「発言を気をつけないといけないのはお前もだ、藤守。云い方をもう少し考えろよ、なっ? これ以上、先生をハラハラさせないでくれ、頼むよ」
ペコペコおじさんに頭を下げた美濃が、
「ほんとになんでお前はそんなに口がまわるんだ⁉」
と、文句を云いながら俺の両脇に手を突っ込んでズルズルと引き摺っていく。哲也くんのベッドまで戻ってくると、あっと俺は思い出した。
「おじさん、もう一度云っとくけどね、昨日の相手はね哲也くんじゃないからねっ! あれは幽霊のせいなんだからっ。ゆうくんって云って、色情霊? なのかな? で、ちょっと見境ないんだよ。だから俺はなにも悪くない!」
(……はず? だよね?)
「そうだったのか。それはすまなかったな」
「俺だけじゃなくて、ちゃんと哲也くんにも謝って!」
「わかった」
おじさんは居住まいを正すと、「哲也くん、すまない」と眠る哲也くんに頭をさげた。
胸がスカッとする。
「ついでに、美濃先生にも!」
「えっ、いや、俺には―」
おじさんは狼狽える美濃にもきちんと頭をさげ、謝罪した。
(ふふふふふ。気分いいや!)
俺がにんまりするのに気づいたおじさんが「うぬぅ」と呻き歯噛みした。ケケケケッ、とってもくやしそうじゃないか。
おじさんは当分の間はまだまだおじさんのままなのかもしれない。でも春子さんは納得したらしい。彼女は満足そうに微笑んでいた。そして孫の決意を見届けて安心したのだろう、たちまち光り輝くと、すっと消えてしまった。もしかして、成仏したのかな? 首を傾げながらもそのことをおじさんに報告すると、また深く頭を下げたおじさんにお礼を云われた。
ともだちにシェアしよう!

