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第24話
なぁ、『藤守くん』というのか? お前、俺のところで修行してみないか? 学校に通いながらでいい、どうだ? 君にとってとてもいい話のはずだ」
「いや、ぜんぜんよくないよ? おじさんなに云いだすんだよ」
「俺といっしょにさ迷っている霊魂を探して、成仏させてやるんだ。世間のひとに感謝されるし、徳も積める。そしたらな、藤守くんも良い天国にいくことができるんだぞ」
天国だって? ちょっと気が遠くなっちゃったよ。そりゃ将来どっちに行きたいって聞かれたら、地獄よりも天国だけどさ。でも俺まだぴちぴちの十七才なのに、もうそんな先の話をされても……。
「ちなみにその良い天国って、ホモでも行けるの?」
「駄目だ駄目だ駄目だ。男色はいかんぞ!」
そうなんだ、ガーン……。
「いいもん。俺はホモの行ける天国で充分だもん」
「そんなところがあるかっ!」
「あるよ、きっと!」
「……まぁ、いまはいい。とりあえず俺のもとで修行をはじめれば、そのうち考え方が変わるだろう。男色どころか色恋なんてもんはどうでもよくなる。情欲なんてものは仏の道を進んでいると不要になってくるもんだ」
「あのねぇ、おじさん! 俺は二年間ほどちょこっと不幸だったりしているけども、でも目指しているのはハッピーキャンパスライフなんだよ? そのためにいま、すっごく頑張ってるんだからっ! そんなおじさんのあやしげなお金儲けにつきあうわけないじゃん」
「失敬なっ! 金儲けじゃないわ。でもな、たしかに儲かる。だから俺と組もうじゃないか?」
「組まないってば! 俺は春になったら大学に行って彼氏を作るんだ。哲也くんぐらいかっこよくてやさしい彼氏を! そしてラブラブするのっ。エンジョイラブラブハッピーキャンパスライフだよ?」
男の俺が彼氏をつくるのはきっとたいへんなことだろう。それに彼氏ができたらできたらできっと忙しくなるんだ。おじさんの相手なんてしていられない。……彼氏、できるよな? それとも夢に終わっちゃうのかな? いや、夢をみることは大切だ。念ずれば叶うとか云うし。……それともやっぱり俺がこんなことを口にするのはあつかましいのかな?
(いいや、そんなことない、そんなことない)
俺は気持ちを奮い立たせた。
「だいたいおじさん自体がその性格で、そうそう悟りなんて開けるわけないじゃん。そんなんでどうやって俺を導くんだよ? 呆れちゃうよ」
「だから、藤守、そんなハッキリものを云うんじゃない」
「お前は俺をみくびりすぎだっ! これだから最近の若いのは! 年上を敬うということを知らんのか⁉ 親の躾はどうなっているんだ? お前もその哲也というのも、ふたり揃って甘やかされすぎだ!」
「斉藤さん、もっと声を小さくっ」
「哲也くんも俺もぜんぜん甘やかされてなんかないよ! むしろ哲也くんのおかあさんは厳しいくらいなんだから!」
「よし、藤守そろそろ、メシを食いに出よう? なっ? なっ?」
「ほら、また甘やかされて。それにその哲也という子も、一日中ぐうたら寝ているだけで! どういうつもりなんだ⁉」
「だからこの子は意識がないんですって。斉藤さんも、そろそろ食事をなさってください。ねっ? ねっ?」
「よぉし、俺がそいつを起こしてやるわっ」
突如、布団をはぐったおじさんはベッドのうえに仁王立ちになった。
それから驚く俺たちに「まぁ、見とれ」と偉そうに云うと、腕にかけていた長い数珠を手にとって数珠玉をジャリジャリッと擦りあわせはじめたのだ。
❞オンコロコロ センダリマトウギ ソワカ‼❞
❞オンコロコロ センダリマトウギ ソワカ‼❞
数珠音とともに唸るようにしてお経が唱えられはじめると、部屋のまえに集まっていた幽霊たちがひとり、ふたりとつぎつぎと逃げていく。
「コ、コワイよ~ッ! 先生っ、先生っ」
「あっ、こらっ、俺だって怖いわっ」
とっさに美濃の背後にまわって盾にした俺は涙目だ。
❞オンコロコロ センダリマトウギ ソワカ‼❞
❞オンコロコロ センダリマトウギ ソワカ‼❞
鬼のような顔つきでおじさんが数珠を振り回し、地鳴りのような声がますます轟く。
❞オンコロコロ センダリマトウギ ソワカ‼❞
❞オンコロコロ センダリマトウギ ソワカ‼❞
❞オンコロコロ センダリマトウギ ソワカ‼❞
❞オンコロコロ センダリマトウギ ソワカ‼❞
❞オンコロコロ センダリマトウギ ソワカ~~~っ‼❞
おじさんが哲也くん目がけて数珠を投げつけたときには、その迫力に俺と美濃は抱き合ったまま飛びあがりふたりして「「ぎゃあっ!」」って叫んだ。
怖いもの見たさでか残っていた幽霊たちも一目散に逃げていく。かわりに飛び込んできたのは、
「いったいなにごとですかっ! また大声を出して! さっきからずっとクレームがきてますよっ‼」
鬼の形相をした看護師だった。
「「ぎゃぁっ!」」
彼女の気迫に俺と美濃はまた叫んでしまった。
「毎度毎度毎度、あなたたちは~~~~~~っ‼」
ぐるっと部屋を見渡し俺たちを個々に睨みつけていった看護師の視線が最後にベッドに眠る哲也くんの顔に留まると、ハッとした彼女は哲也くんへ駆け寄った。
「氏家さん、氏家さん、聞こえますか?」
さすがプロだ。あれだけのテンションを一気に下げて、ベッドに眠る患者にかける声は穏やかだった。
「なに? 哲也くんどうしたの?」
不安心に駆られた俺は、無事であって欲しいと祈るような気持ちで胸に手をあてる。するとみんなが見守るなか……、
「ン……、ん?」
ちいさな吐息とともに、そっと、ゆっくりと、哲也くんの瞼が開いていったのだ。
「氏家さん!」
呼びかける看護師に続いて、
「氏家‼」
美濃も哲也くんの枕元に飛びついた。
哲也くんが、起きた。
看護師が哲也くんの脈をとり、ナースコールに手をのばす。美濃もうれしそうに「すぐにお母さんくるからな!」と、スマートフォンを手にとった。
そんな光景がまるで別の世界のことのように映っていた俺は、自分から一切の感情が消えてしまったような気分を味わっていた。おじさんの高笑いを耳がなんとなく捕らえているだけで―。
俺は誰にも気づかれないようにしてそっと病室を抜けだすと、外にでるために歩きだした。
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