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第27話

***  やっと普通の生活ができるようになったころには師走の中頃で、世間はクリスマスやら暮れの準備やらで(せわ)しくなっていた。両親もやはりバタバタしていて、彼らから学校や竹中たちの話を聞かされることはなかったが、たぶん俺に気を使ってくれているんだ。  終業式の翌日に、美濃が通知表を持って家にやってきた。そのときに坊主のおじさんから預かったっていう数珠もいっしょに渡された。俺が幽霊に悩まされているって話をしたら、おじさんがこれを俺にくれたそうだ。あのおじさんがずっと身に着けていたんだったらたしかに魔除けになりそうだと思い、いまそれは部屋の本棚に飾ってある。  あのあとおじさんは念のために検査を受けて喉に腫瘍をみつけたらしい。奇跡的な早期発見ということで、すぐに手術も終えて大事にならずにすんだという。 「斉藤さんは藤守の能力を絶賛だよ。いっしょに除霊の仕事をしないかお前に訊いておいてくれって頼まれた。藤守、どうするよ?」  美濃がにやりと笑う。 「しつこいな。そんなのするわけないじゃん。ね?」  おじさんの怒った顔がポンと浮かんで、俺も笑ってしまう。そんなおじさんは年を越してからの退院だって。おじさん不在の斉藤家のみなさんは、さぞかし穏やかな気持ちで新年を迎えるんだろう。めでたいめでたい。  大人同士で示し合わせているのだろうか? 美濃も両親とおなじで、竹中たちの話はしてこなかった。そのかわり哲也くんの話をいっぱい聞かせてくれた。  哲也くんは目が覚めてから二日後に退院したらしい。ギプスはとうぶん取れなくて、松葉づえをついて生活をしているんだって。そして受験に向けて予備校に通いはじめたって。  哲也くんのお母さんはとっても喜んでいるらしいけど、それは哲也くんが当初の予定通りの大学を目指しているからではなくて、彼が毎日を楽しそうに過ごしているからだそう。  俺が哲也くんの病室に通っていたことは、彼のお母さんからバレてしまったらしい。だけどもあくまでも(いち)学級員としてのお仕事ってことになっていて、 「本来そのつもりでお前を病院に連れて行ったんだけどな!」 と、俺の頭を小突いた美濃は、「藤守のヘンタイ行為はすべて黙ってやっているから、俺に感謝しろ!」とたっぷりと恩を売って帰っていった。  外では毎日ビュウビュウと強い風が吹いている。そんな寒いなかを用もないのにわざわざ外に出ていくこともなく、その後も俺は家に引きこもって暮らした。  大晦日には大掃除を手伝って夜には早々に寝たし、お正月にはお年玉をもらい、お腹がすいたら居間に下りてお節をつついた。それ以外はずっと自分の部屋でひとり、ぼうっとして過ごしていたんだ。おもには泣きながら。  俺の哲也くんロスはかなりのものだった。それもそうだ。だって哲也くんが目を覚ます直前まで、俺は彼のベッドに椅子をくっつけるようにして傍にいたんだもん。話しかけたり手を握ったりしてたんだよ? 前の日なんて哲也くんのベットに潜りこんで眠ったんだし。  だからね、毎日毎日哲也くんのことばっかり考えてしまって、浮上できないでいても仕方ない。  あとは、なんどもなんども『哲也くんが無事に第一志望に受かりますように!」ってお祈りもしていたよ? 一月半ばのセンター試験の日には、おじさんにもらった数珠をジャカジャカ()りあわせてとくに念入りに。  俺は二月になっても、変わらずに鬱々とした日々を送っていた。外ではすでに梅の蕾が綻びはじめ、開けた窓からは隣家(りんか)の沈丁花が香ってくる。 「はぁ……」  せめてゆうくんが出てきてくれたらなぁ、と、窓の外を見ながら俺は溜息をついた。 (きっと慰められたんだろうな。なんてたってエッチでハッピーになれるんだもんなぁ)  不思議なことに色情霊のゆうくんは、おじさんのベッドでエッチしたあとからぴたりと俺のところに現れなくなっていた。 (あれだけ俺に憑いてあんなことやこんなことをしてきたのに……) 「ゆうくんの、薄情者ぉ」  呟いて、ズズッと洟をすする。  まさかあのときのエッチに満足して成仏しちゃったのだろうか? それともよもや坊主のおじさんに消滅させられたりしちゃってる⁉ 「うぅぅ~、ひどいよぉ~っ、ゆうくぅ~ん。会いたいよぉ、哲也くぅ~ん」   いつものようにグスグスやっていると、来客がピンポンとチャイムを鳴らした。つづいてお母さんの「はぁい」と返事する声が聞こえ、彼女が玄関に出ていく気配がする。俺は階下から聞こえてくる声にじっと耳を澄ませた。  お母さんと客とのやりとりは二、三言で、すぐにガチャっと扉の閉まる音がした。窓辺で涙をごしごし拭いながら帰っていく来訪者の後ろ姿をこっそりと見送っていると、すこしして部屋の扉がノックされ、お母さんがお盆におやつを乗せて入ってきた。 「しゅういち~~っ、今日もプリンよ! いっぱい食べてはやく元気になりなさい!」  お母さんは俺の手から大量に涙を吸ったタオルをひったくると、かわりにプリンカップとスプーンを持たせた。 「洗い物はちゃ~んとキッチンに持ってきてよねっ」  彼女は明るくそう云い残すと、さっさと部屋を出ていく。  そうだね。いつまでも籠ってないで、はやく元気な顔で話せるようにならなきゃ。そう思いながらもこの日もまた、俺はもう何日もつづいているおやつのプリンをひとり淋しく食べたのだ。  つぎに美濃が連絡してきたのは、桜に蕾がつきはじめた二月の終わりだった。 (いまさら卒業式に出てこいだとか云うのかな?)  もちろん出席するつもりはなかったので、そうしたら美濃はお節介だから卒業式が終わったあとに俺の卒業証書を家に届けてくれるんだろうな、なんて考えていた。つぎに美濃に会うとしたらその時くらいになるかな、と。それなのに、美濃はそれよりもはやく俺のところにやってきたのだ。 「先生、暇なの?」  玄関で首を傾げると、「お前にもこれを持ってきたんだよ。お裾分け」と紙袋に入ったお菓子が渡された。ふわんと甘い匂いがしている。 「これがキノシタくんが云ってたカップケーキ? もしかして先生がつくったの? 先生、よっぽど暇なんだね」  袋の中身を覗いてから、俺はジト目で美濃を見上げた。 「あいかわらずだな。でもその軽口を聞けて、俺はホッとしているよ」 (なんだ、美濃はマゾになったのか?) 「でもね、先生。藤守家にお土産を持って来るならプリンだよ? プ・リ・ン!」 「はいはい、それはまた後でな」 「?」  「今日はカップケーキ(それ)もって征士の墓参りに行ってきた。そのことでちょっと藤守に訊きたいことがあるんだ。よかったらそこの公園までつきあってくれないか?」  あとでってのはどういう意味だ? と訝しみつつも、美濃に云っておかないといけないことがあった俺は、久しぶりに靴を履いておもてに出ることにした。  外はすっかり春めいていて、近所の家々では、庭木や鉢植えが蕾をつけたり花を咲かせたりしている。  美濃は道すがらぽつぽつと話しだした。 「ビールとスルメはな、アイツの墓参りのときに供えてたんだよ。でもまさかいい歳してカップケーキのほうがよかっただなんてな」  クックックッと美濃が笑う。 「先生がキノシタくんにつくってあげてたの?」 「ん、まあな。あのな、征士んとこは父親がだらしなくてな。母親が子どもを置いて出ていったんだ。だから征士はあんまりいい生活させてもらってなくてなぁ」 「それで先生の家によく行ってたんだ。ご飯食べたりお風呂入ったり? 先生んとこ出てくるおやつがおいしいって?」 「うわぁ……。お前、それぜんぶ征士に聞いたのか?」   うん、と頷く。 「聞いたどころじゃないよ。キノシタくんすっごいおしゃべりだったんだもん。もうベラベラベラベラ十回も百回もおんなじ話を聞かされて、俺、げんなりしたよ」 「はははっ。そっか。アイツはあそこで楽しそうにやっているんだな」 「それにしてもおしゃべり過ぎだよ。先生も友だちだったんなら、生きてるうちに注意しといてあげたらよかったのに」 「そりゃ、余計なお世話だよ。征士はあれでいいんだ。すごく良いヤツだったんだから」  おどけていた美濃はふいに顔つきを変えると、昔話をつづけた。 「でな、征士は俺ん()って逃げ場があったけど、そん時はまだあいつも俺も十代とかでまだまだ子どもだろ? 征士は自分のことで精一杯だっただろうし、俺もまったく気がまわってなくてさ。小学生だったあいつの弟のことまで考えてなかったんだ」 「よく弟に泣かれてたって云ってた」 「ん。ふたりとも満足にご飯も食べられず、服も買い与えてもらえず、父親から暴力を振るわれるわでたいへんだったみたいだ。そのうえそういったことが理由で、弟のほうは学校で虐められていたらしい。でもそれが分かったのは、あの子が死んでからだったんだよ」  しゅんとして俯いた俺の頭を美濃が撫でる。 「藤守は自分のこともあるから、この話はちょっときついよな? ごめんな」 「ううん。大丈夫。じゃあ、あの池が弟が死んじゃった場所だったんだ?」 「そうだ。……それも征士が云ってたのか?」 「ううん。その子、自殺したんでしょ?」 「ああ」  でもこれですべてが繋がった。  キノシタくんが二階から外を眺めていたこと、俺が池にいたあの()とシンクロしたこと、水のなかに引き摺りこまれたこと、―俺が助かったとき、あの()といっしょにもうひとつ夜空に昇っていった魂があったってことも。 「……そっか。そうだったんだ」 「征士は高校を卒業したあとすぐに就職して家をでた。それでふつうの暮らしが送れるようになって、これで征士も幸せになれるかもって俺も安心してたんだけどさ。そう簡単にはいかなかったんだ」  眉根を寄せた表情が悲しそうだったので、俺はいつか美濃がしてくれたようにして彼の背中をさすってみた。元気をだしてね、って気持ちをこめて。

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