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第28話

「征士はいつも笑ってたけど、でもずっと心のなかでは弟のこと悔やんでたらしい。まぁ、そうなるよな。俺だって征士の弟のことは一生、悔いて生きるんだと思う」 「だから先生は俺のことに必死になっていたんだ?」 「代わりってわけじゃないぞ? 藤守は藤守なんだから」 「はいはい」 「案外そういう気持ちが病気になった原因かもな。一昨年(おととし)、征士は職場で倒れたんだけど、運ばれたのがなんの因果かあの池の真ん前に建つ病院ってわけ」 「それはかわいそうだったね」 「転院を(すす)めたんだけど、征士は『もしかして弟が俺に近くにいてほしいって思ってるんじゃないか』とか、『俺を恨んでるのかもしれない』とか云いだして……。よく病室を抜け出して二階の待合所からあの池を見つめてたよ。そんなんじゃ治るもんも治らないじゃないか。入院してから半年もしないで征士は死んでしまったんだ」  美濃の声がちょっと涙まじりになって、そして俺に気づかれないようにこっそり指で目もとを拭っていた。 「まだ若いのに。余命宣告されるってだけでも辛いんだぞ? それなのに追い打ちをかけるようにして、無理やり過去と向かいあわされて」 「先生なんどもお見舞い行ってたんだね。だからあの病院の周りのお店にも詳しかったんだ?」 「あいつには親がいないようなもんだからな。俺が最期まで世話したんだよ」 「へぇ」 「ちゃんと葬儀もだして、墓にも入れて、墓参りも欠かしてないってのに……。病院で藤守に征士のことを云われたときは、そりゃ驚いたけど、あとでがっかりした。なんで成仏してないんだって」 (そうなんだ? そうなふうには見えなかったけど、先生ずっと気にしてたんだ?) 「いくら楽しそうにしてたって、あんなところでうろついているってことは未練があるんだろ? できるんならちゃんと成仏してほしいんだ。あいつなにか云ってなかったか? 恨みつらみや、云い残したことがあるだとか」 「そんな重い話はされたことないよ? 美濃に会いた~い、美濃に会いた~い! ってのはよく聞いたけど」 「えぇっ? 俺『こんなにしょっちゅう見舞いにくるなよ』って文句云われてたけど?」 「あとは、愚痴ばっかり」 「……あいつ、やっぱり遠慮してたのか?」  ぼそっと呟いて、そして足を止めた美濃が悲痛な面持ちでこちらを見下ろしてきた。  ―じゃあね、美濃。今度は俺が話す番だ。  俺がそのままゆっくり歩きつづけたので、今度は美濃が少し俺の後ろを歩くことになった。  俺はあの日車道に飛びだしたあとに体験した、あの子とのことを美濃に話した。  迷わずにため池(あそこ)まで引き寄せられるようにして向かったこと。胸が張り裂けそうな想いがぶり返してきたこと。ちゃんと計画立ててひとりで生きていくんだ! って、俺、あれだけ前向きになっていたのにだよ?  死にたいぐらいに『大っ嫌いだ、みんな消えてしまえ』って、呪って。  死ぬほどに『助けて、誰か』って、願った。  助けて、助けて、助けて、―って。  「自分のことなんて誰も気にかけてないんだ。いなくてもいい、本当にゴミみたいになくなったらいい存在だったんだ、そう最期にもやっぱり思ったんだよ。それでも、絶望してたはずなのにぎりぎりまで期待してるもんなんだね、人間って。……先生? ちょっと、泣かないでよ⁉」  俺たち、なんかちびっこがオジサンをリンチするために公園に向かってる最中って感じの構図になっちゃってるじゃん。焦った俺が立ち止まると、美濃もその場に止まって俯いた。あぁ、通りすがるひとたちの目が痛いじゃないかっ。 「先生さ。まえに俺が池に男の子の幽霊がいたんだって話したとき、その子がキノシタくんの弟だって気づいてたんだな」  苦し気に「あぁ」と声を出した美濃は、 「……辛かっただろうし、苦しかっただろうな」 と、続けた。 「うん。でもね。助けてもらえたんだ」  冷たい水中でだれかに指先が触れたとき、逞しい腕に抱えられたときに、安堵感を凌いで俺の胸に広がったのは『満たされた』という多幸感だった。それはきっと俺自身のものではなくて、俺のなかにいたあの男の子のもの。 「なぁ、先生。先生はなんであのとき、俺を追いかけてきてくれたの?」  これが俺が訊きたかったこと。―俺は美濃の言葉を聞き漏らすまいと、じっと彼を見つめた。 「気のせいだと思うんだけど。……実は征士に呼ばれた気がしたんだ」  そしてその答えに、俺は納得する。 (そっか。やっぱりね)  込み上がるうれしさに、口もとが綻ぶ。 「先生。先生には想像がつかないぐらいに、先生の胸の中にぎゅってされたとき嬉しかったんだ。俺のなかにいたあの子は」 (俺もだけどね) 「それにその先生を連れてきたのがお兄ちゃんだったんだから、もう大満足だよ?」  俺は美濃ににっこり笑ってみせた。 「そうなのか?」  両手に顔を埋めた美濃に俺はぎょっとした。 「~~~っ」 「先生、そんなに泣かないでよ。俺が泣かしてるみたいじゃんっ。それにもう泣く必要なんかないんだよっ⁉」 (あぁ、もうどうしよう⁉)  お父さんとか、お母さんとか、それに美濃まで。これまでは見たことなんてなかったのに、最近身近なおとなが泣くところばっかり見てるよな。  ポケットからハンカチを取り出した美濃からそれをひったくった俺は、代わりに美濃の顔をガシガシ拭いてやった。 「あっ、こらっやめろよっ。お前乱暴だなっ」 「いいんだよ! もうっ! だって―」  ハンカチをつき返して、教えてあげる。 「あのね、先生! あの子はあそこでひとりで悲しく死んでいったんじゃなくなったんだよ? 自分には誰も愛してくれるひとはいないってことはなかったんだ。自分を想ってくれるひとがすぐに助けてくれて、お父さんもちゃんと謝ってくれた。みんなに囲まれて、抱きしめてもらった! それがあの子の最期になったんだから!」  あの子は俺のなかに居たんだから、俺にはわかるんだ。 「ひどかった人生が、最後にちゃ~んとすべて上書きされたんだ。自分のピンチに大好きなお兄ちゃんが現れたんだから、超ハッピーエンドにな!」 「それとね、キノシタくんだって、弟くんを救うことができたし、先生にもまた病院に来てもらえたんだから、もう大丈夫なんだよ? ―先生が云ってた『懐かしい』って言葉、キノシタくん喜んでた!」 「……ほんとか?」 「うん。ホントだよ。だからキノシタくんも昇っていったんだ。弟くんが天に(かえ)るときにいっしょにね、ふたりぴったりくっついて」  俺があの夜みた、あの子に寄り添っていたもうひとつの影は、キノシタくんだったんだ。  俺が無事に救出されたあと、淡い光を放つふたつの霊体はすぅっと空へ昇っていった。  美濃が俺の横でぐったりと伸びていたときに、俺の胸に届いた声は、確かにキノシタくんのものだった。それが俺が美濃に伝えないといけなかった、キノシタくんからの最後の言葉。 「キノシタくん、『ありがとうっ!』だって。先生に!」  そこでまた美濃はどばーって涙を溢れさせた。 「……征士がな、俺に引け目を感じているらしいってことは、うすうす気づいていたんだ。あいつさ、話は面白いし、明るいし、友だち思いのいい奴だったんだよ。だから俺にしてみればあいつが俺の友だちでいてくれてありがたかったんだけどなぁ。それがうまく伝わらんくて。最後のほうは見舞いに行っても迷惑がられてた。だからあいつが死んでからも俺はずっとモヤモヤしたままで―」 「そんなのはフリ(・・)に決まってんじゃない。先生、幽霊は欲望のかたまりだよ? だから見栄は張れないんだ。先生に来てほしかったんだよ、死んでからも先生を探し回るくらいに。キノシタくんは先生のことが大好きだったんだ」 「そっか。よかった。ほんとうによかった」 「ってことで、もうあの病院にはキノシタくんはいないはずだよ? 出てくるとしたらお墓にぐらいじゃない?」 「……はぁ。それにしても、俺この歳になって幽霊が本当にいるって知ってびっくりだわ。もう怖くて夜の墓場とか行けねぇな」 「美濃先生って暇なんでしょ? だったらいっぱい墓参り行ってあげたらいいよ。あいつらがよく出る(うし)()(どき)にな!」 (手作りのカップケーキをたくさん作ってね) 「やっ、やだよっ!」 「じゃないとアッチのほうからやってくるかもよ~?」 「ぎゃあっ、やめてくれっ。それ以上怖いこと云うなっ」  美濃はやっぱり情けない。親友でもおばけは怖いのか? 俺だったら哲也くんがおばけになっても会いたいけどな。実際にゆうくんにもまた会いたいぐらいなんだもん。  ケケケッと笑ってやって、そして俺は美濃にずっと云えていなかった「ありがとう」って言葉を口にした。  なんどもありがとうって云うべきタイミングはあったけど、『ありがとう』って伝えたあとに、美濃のこと恨んでしまうことがあったりしたらって思ったりして云えずにいたんだ。それぐらいに疑心暗鬼に囚われて周りを警戒していたから。でも俺、いまだったら何度でも云えそうだよ? 「先生、いろいろありがとう」 「どうした? いきなり」  居心地悪そうに美濃が頬を掻く。彼のその目尻に浮かんできたのは、今度は嬉し涙だよな? まったく恥ずかしいやつ! でもそんな美濃に俺まで照れてしまって、つぎのセリフはちょっとぶっきらぼうになってしまう。 「助けてくれたお礼だよ。云うのが遅くなってごめん。本当は卒業式でも『ありがとうございました』って云えたらよかったんだけど……、俺、参加できないからさ」  美濃はきっと俺に卒業式に出席してほしいんだろうな。彼はすこし苦い顔をしたけど、でも俺の気持ちを汲んでなにも云ってこなかった。 「だから、いまのうちに云っておくな。先生、ありがとう。俺、先生が担任で良かったよ」  感謝の気持ちを込めて、しっかりペコリとお辞儀した。  で、顔をあげたときに、感極まった美濃に「ふじもりぃっ!」ってハグされそうになったので、俺はそのタイミングで「えいっ」って力任せに彼を突きとばしてやった。 「うわっ⁉」  バランスを崩した美濃はその場にたたらを踏んで「なにすんだっ」と憤慨したが、眉をつりあげた俺はすかさず彼に指を突きつけた。 「それとね! 先生にはあともうひとつ話があったんだけど?」 「なっ、なんだ⁉」 「先生、氏家に俺ん家の住所教えただろ! ダメじゃないかっ! 個人情報だぞ! 哲也くん来ちゃうじゃん!」 「え? いや、それは―」 「せっかく来てくれても会えない俺、かわいそうじゃん! 俺がどんな気持ちで哲也くんに帰ってもらってると思ってんの? 哲也くんだってかわいそうじゃないかっ! 俺、哲也くんに会うつもりないのに、それなのになんどもなんども俺ん家に通って来ててさっ」 「誤解だ。俺は教えてないぞ? 住所ぐらい友だちに訊けばわかるだろ? っていうか、お前、かわいそうだって云うなら氏家に会ってやれよ? なんで会ってやらないんだ?」 「だって、だって……」 「ほら、公園。なか、入ろう。さっさと歩け。あっちのほう、ベンチあるから」  ぐいぐい背中を押されて進んださき、公園の木々の茂みの奥に美濃が云うベンチがあった。 そしてそこには―、哲也くんが、いたんだ。 「あっ」と口を開いた俺の足はその場で止まった。

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