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第15話 Side 佐伯 6

 佐伯は木田が出て行った後、しばらくその場で膝を抱えて泣いた。  やっぱり家に呼ぶんじゃなかった。いや、連絡が途絶えた時、あのまま距離をおけばよかった。いや…連絡先なんか教えなきゃよかった。  木田に触られた体が熱い。木田が欲しい…でも木田は明らかに戸惑っていた。そんな木田が自分を抱くのは無理だろう。それに、今回のことで怖くなっただろうから…もう会おうとはしないだろう。  これでよかったのかも。激しい手の動きと、荒々しい口づけ。その感触がまだリアルに残っている。これで満足しよう。ここから先は立ち入り禁止だ。  そう思いながらも、なぜか涙が止まらなかった。木田は僕を嫌いにはなっていないだろう。でも恐怖心を持ったはず。未知の世界に誘い込む魔性の僕に恐れを抱いたに違いない。木田にはもう会えない。そう思うと胸が苦しくなって、涙が止まらなくなった。  “ジージー”  マナーモードにしたままのスマホが鳴っている。こんな時間に誰だろう。出たくないなと思いながら画面を見ると“木田さん”の文字…佐伯は急いで通話ボタンを押した。 「もしもし…」  パーカーの袖で涙を拭き、声が震えないよう気をつけて電話に出た。 『木田です…さっきはすみませんでした』  すみません?え、なんで?  木田は自分のせいで、手コキし合うことになったと思っているようだ。木田さんらしい。僕の魔力に惑わされたからだとも知らずに…そう思うと、余計に泣けてきた。 『本当にすみませんでした。あの…俺、佐伯さんを好きみたいなんです』  そんなこと知ってる。ずっと前から。だってあなたは出会った時から僕に落ちていたんだから。 『だから…その…そういう欲求が突然湧いてきて…だからってあんなことしちゃダメですけど…なんか初めてで唐突な想いだったから、ブレーキをかける間もなく暴走してしまいました』  素直な木田の言葉に佐伯は耳を傾けた。そして心も傾けた。こんなふうに率直に、そして誠実に接してくれたのは木田が初めてだった。 『本当にすみませんでした。償えるなら償いたいです。でももう俺に会いたくないでしょうから…申し訳ありませんでした。こちらからは二度と連絡いたしません』  そうだった。木田は佐伯がゲイであることを知らない。だから自分がノンケの佐伯を強姦未遂したと思っているのだろう。違うのに。謝るべきなのは僕の方なのに。会いたくないのは僕じゃない。あなたの方だろうに。佐伯は何も言葉にできず、ただ黙って木田の話を聞いていた。 『本当に申し訳ございませんでした』  木田の声は切羽詰っていた。真剣で強張っていた。そして、その声で謝罪を口にして電話を切った。  佐伯はスマホを抱きしめ、体を丸めて涙が枯れるまで泣いた。好きだったから。木田が好きだったから…佐伯の心を占めていた昔の彼の領域は木田に侵食されていた。だからこそ、もう連絡しまいと決心した。優しい木田を、純朴で真っ直ぐな木田を、闇に誘い込んではいけない。 「木田さん…好き。好きでした」  ベッドに転がり、そうつぶきながら涙を流して週末が終わった。 ***  これまでの男たちは、佐伯に惑わされて手を出した後、決まって“洋人が好きだからした。だからつき合おう”と言った。佐伯がゲイかノンケかなんて気にもしていなかった。ただ自分が佐伯を好きだから。そして、おまえも俺にその気があるんだろう的な感じだった。  その後、恋人としての付き合いが始まり体を繋ぐ。それがこれまでのパターン。男たちは自分の気持ちを整理しないまま、欲望に忠実に佐伯の体を求めた。その言い訳が“洋人が好きだから”だった。  佐伯に一番深い傷を負わせた彼とも同じパターンで交際が始まった。彼はそれまでの男より優しかったけど、欲望に忠実なのは同じだった。  木田さんは真面目すぎる…気分転換できるはずの月曜日。佐伯はベッドの上で木田の声を思い出していた。  泣きすぎて瞼が腫れてしまい、仕事にいけなくなった佐伯は体調不良で有給を取った。本当は顔なんかどうでもいいから仕事に行きたかった。サングラスをして出勤しようかな。眼帯をして出勤しようかな。いや、ビン底めがねをすればわからないかも…と考えだ。だって家にいるとまた泣いてしまうから。泣けば瞼が腫れ、腫れれば仕事を休み、休むとまた泣く。これじゃ悪循環だろう。  “本当にすみませんでした”  そう言っていた木田は、スマホを耳にあてたまま頭を下げていたに違いない。  “償えるなら償いたいです”  これまで佐伯に手を出した男の中で、佐伯に対して過ちを犯したと謝ったのは木田が初めて。過去の男たちは自分の人生に対して、親に対して、社会倫理に対して過ちを犯したとは思っていたようだけど、佐伯に対しては何の罪意識もなかった。  “でももう俺に会いたくないでしょうから…申し訳ありませんでした。こちらからは二度と連絡いたしません”  会いたくてたまらない。今すぐここに来て抱きしめて欲しい。熱いキスをして欲しい。それなのに…ああ言っていた木田から連絡が来ることはないだろう。  それなら…諦めるしかない。今の時点でこれだけ衝撃が強いんだから、何年か付き合って捨てられたら、とんでもないことになる。だからもう自分も連絡をしない。フェードアウトしよう。佐伯は枕に顔をうずめたまま決心した。

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