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第16話 Side 佐伯 7
あれから数ヶ月が経った。それでも佐伯は木田に癒されていた。
転入届の書類を見るたび、駅の構内に入るたび、大江戸線に乗るたび、ヌボーっとした木田を思い出して微笑んだ。カレーでさえも、彼ではなく木田を思い出させてくれた。
会えなくなっても木田さんは優しい。僕の心のオアシスだな。週末、珍しく近所でブランチを食べながら、今日も木田を思い出して佐伯は癒されていた。
ブランチを終えてマンションに戻ると、エントランスに段ボールが数箱。信州りんごと書かれている。
誰か越してくるのかな…そう思いながらエレベーターに乗り込むと、ぽっちゃりした茶髪の男性がその箱の一つを持ち上げて一緒に乗った。
「すみません。エレベーターを占領してしまって。すぐ終わりますから」
そう言ってペコッと頭を下げた。
あれ?
開けたままのダンボールの中には見覚えのあるカバン。いやスティックケース。これは木田さんの…ダンボールが全て“信州りんご”なことといい…もしかして…いやそんなはずないか。そう思いながらも男がどこで降りるのか確認し、非常階段でその階に上った。
柱の影からそっと部屋をのぞく。そこは佐伯の部屋の2階上。そして…ダンボールを抱えたひょろ長い男がエレベーターから出てきた。
木田さんだ…
木田は“どうもすみませんでした”とお辞儀をして、さっきの男を見送った。
階段を下りて自分の部屋に戻った佐伯は玄関口で立ちすくむ。木田が自分と同じマンションに越してきた。なぜ?自分に会えるかもと思って?いや、さすがにそこまでは…そう思っても胸の鼓動は収まらない。
会いたい。顔を見てしまったからか、また想いが膨張し始めた。会いたい。会って話したい。会って癒されたい。会って…抱かれたい。
久しぶりに見た木田に魂を奪われた佐伯は無意識にスマホを手にしていた。そして“償ってくれますか?”とメッセージを送ってしまった。
送った後、我に返って考えた。こんな謎解きみたいなメッセージ、既読無視されてしまうかも。何ヶ月も連絡しないで今さら何だって思うに決まってるし…そう思っていたら、呼び鈴が鳴った。カメラには落ち着かない様子の木田が映っていた。
来てくれた…佐伯は体の奥から熱いものが込み上げてくるのを感じ、大きく深呼吸した。そしてドアを開ける時も、木田を迎え入れる時も、うつむいたまま声を発しなかった。だって、何か言ったら泣き出してしまいそうだったから。
木田は佐伯が怒ってムッとしているとでも思ったのか、家に上がった途端、謝って土下座をした。佐伯は…もう抗えなかった。木田の誠実さに、真面目さに、そして湧き上がる自分の想いに。だから決心した。一晩だけ。一回だけ。一回だけ抱いてもらおう。そしてその後は連絡を取らない。エレベーターで鉢合わせたら、近所の人にするように軽く頭を下げて挨拶しよう。
佐伯は頭を下げ続ける木田の手をそっと取った。木田の大きな手は節くれだって冷たかった。
「謝らないで。僕もしたかったから」
そう。木田さんより飢えていたのはむしろ僕の方。
「ただ…急だったから驚いただけです」
木田にしてもらえて嬉しかったから。木田に夢中になっている自分に驚いて、怖くて、気持ちの整理がつかなかっただけ。
「でも償ってもらえるなら…僕を抱いてください」
自分勝手だけど…最後に一度だけ体を重ねたい。僕を抱いて、償いを終えて自由になって欲しい。僕に奪われた魂を取り返して、真面目な木田に相応しい、まともな恋愛をして欲しい。
意味がわからないといった様子で唖然と佐伯を見つめていた木田は大きくうなずいてこう言った。
「はい。抱かせて下さい」
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