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第19話 Side 佐伯 10
“トントン”
窓を叩く音がする。泥棒か?泥棒ならわざわざノックするはずがない。警戒しながら目を凝らして窓の外を見ると…そこには東京タワーが立っていた。
「木田さん…」
どうしてそこに?これは夢か?そう思いながら窓を開ける。木田は佐伯を見て微笑んだ後、お辞儀をして靴を脱ぎ部屋に入ってきた。
「木田さん…どうやって…」
「佐伯さんを一人にしたくなかったから」
そんなこと言わないで欲しい。そんな優しいこと…決心が鈍るから…また泣いてしまった佐伯を木田がギュッと抱きしめる。
「一人で泣かないでください」
耳元でそうささやかれ、押し込めていた佐伯の想いは音を立てて爆発した。
***
「すみません。もう大丈夫ですから」
声を出して泣いたのは何年ぶりだろう。覚えてないほど昔の話。いい大人が大泣きするなんて…情けない。しかも木田の胸で。そう思い、うつむいたまま体を離す。
「服、着てきます」
そう、佐伯は裸のままだった。大泣きだけでも恥ずかしいのに全裸って…そう思い急いでバスルームに向かうと木田が追ってくる。
「木田さん、あっちで待っていてください」
「嫌です」
嫌です?嫌ですって…木田さん…衝撃が大きすぎておかしくなってしまったんだろうか。心配になりながら、もう一度、わかりやすいように繰り返す。
「服を着るまで、あっちにいてください」
「嫌です」
「木田さん」
服を着て、気持ちを落ち着けて、冷静になって、言いくるめて、木田を突き放そうと思っていたのに。全裸と大泣きしたのが恥ずかしくて顔を上げられないまま睨むと、木田がいきなり佐伯を抱きしめた。
「ちょっ…木田さん?」
「好きです。佐伯さんが好きです」
男と寝たのがショックで壊れたのか?男と寝たという事実に対するショックと、その行為の刺激がキャパを越えて壊れたんだな…そう思いながら、木田の深い胸に抱きしめられた佐伯はしばらく幸せにひたってしまった。
「わかったから、服を先に…」
優先順位を思い出し体を離す。すると木田が佐伯に服を着せ始めた。脱がされたことは数知れず。でも着せられたのは初めてだった。
「木田さん…」
木田の目をのぞき見ると正気を失っているようだ。いや、失っていた大事なものを見つけて、それに全神経を注いでいる、そんな瞳だった。
「好きです」
何度も眩暈がするような告白をされ、佐伯は流れを堰き止めるのをやめた。もう身を任せよう。そう思って木田のしたいようにさせた。すると体の中で渦巻いていた暗雲が一気に消えたように、さっぱりした気持ちになった。
もういいや。木田さんを突き放すのはやめ。自分の気持ちも認めよう。傷ついたら傷ついたでいい。
木田に服を着せられた後、佐伯はキッチンで温かいミルクティーを淹れた。これでも飲んで落ち着こう。僕も木田さんも。
「木田さんの気持ちはわかりました」
「好きです」
「わかってます。でも…僕はもう傷つきたくない」
「傷つけません」
素直な気持ちを話した佐伯に、噛み付くように木田が言い切る。なんでそんなこと言い切れるんだよ!と、佐伯は少し意地になって話を続けた。
「これまでもそうでした。みんな僕に夢中になって、抱いて、優しくしてくれて…でも急変するんです。そして決まって“やっぱり俺、女がいい”って言うんです」
「俺もそうなるって、どうしてわかるんですか?」
「今までずっとそうだったから」
「またそうだとは限らない」
確かにそうだ。木田は今までの男たちとは違う。だから自分を捨てないかも知れない。だけど、だからこそ、木田には陽の当たる道を歩いて欲しい。
「木田さんはいい人です。他の男たちより素朴で優しくて。だから変な道に引きずり込みたくない」
「最終的に佐伯さんに辿り着けるなら、難破してもいい。いえ、むしろ難破したいです」
なんぱってナンパ?難破?確かに僕は順調に航海していた船を難破させる海の魔物だ。そうか…何て言ったっけ…美しい歌声と姿で船人を誘惑する海のモンスター…なぜかそんなことを考えてしまった佐伯の沈黙に痺れを切らしたのか、木田がはっきりとした口調でこう言った。
「わかりました。佐伯さんが傷つかないように、俺、片想いすることにします」
「え?」
「佐伯さんは俺を信じられるか試してみてください。その間、他の…信じられそうな男を探しても構いません。いや、構わなくはないけど…俺の片想いだから」
「僕が振り向いたら木田さんは僕を捨てるんだ」
「俺がそういう人間かどうか、判断は佐伯さんに任せます」
木田がそういう人間じゃないのは、もうわかっている。だからこそ難破して欲しくないのに…
二人はしばらく見つめ合った。そして木田が口を開く。
「好きです。佐伯さん、あなたのことが。返事は保留にしてください。だから今は友達ということで」
それじゃ意味ない。僕はもうあなたが好きなんだから…友達なんて無理なのに…これじゃ結末は決まってる。
戸惑う佐伯を無視して木田が強引に話を進める。こういう時だけ強引になる木田も、佐伯は好きだった。
「俺、明日休みなので泊めてもらえますか?もちろん下で寝ますから」
泊まって行くって?自分の家がすぐ上にあるのに?そう思いながらも、木田の温かさを感じた。動揺している自分を気遣ってくれている。一人してはいけないと思ってくれている。
嬉しかった。素直に、率直に嬉しかった。でも…近くにいるのに抱きしめてもらえない。好きなのに…
「とりあえず、ミルクティーいただきます」
木田が冷めたミルクティーを飲む。その端正な横顔を佐伯はつらそうに見つめた。
Fin
オー・マイ・メサイア ~セイレーン~ その後に続く予定
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