21 / 22
第21話 その後 2.突然のカミングアウト
二人の微妙な関係は続いていた。
自分の気持ちに終止符を打てない佐伯。片想いすると言い切った以上、強引に押すことができない木田。
それでも二人でいると癒された。
◇ ◇ ◇
今日は次のアルバムの準備に入った木田の家で、佐伯の作ったサンドウィッチを食べた。信州産の野菜を全粒粉パンで挟んだヘルシーなサンドウィッチ。
食後の紅茶を飲みながらクッキーを食べていると、呼び鈴が鳴った。
「あ、水谷さん。少々お待ちください」
バンドのメンバーで作曲を担当している島田が、木田の歌詞を欲しいとマネージャーの水谷と一緒にやってきた。
「悪いっすね。共有ファイルでもよかったんだけど、そこまで来たし、木田さんち見学ついでに」
島田はガハハと笑いながら、遠慮する気配も見せずリビングに入って来た。
「ごめんね。急だからやめようって止めたんだけど…」
水谷は申し訳なさそうに腰をかがめて入って来た。
「いえ、事務所から近いのがここの利点ですから」
一番の利点は佐伯さんのうちと同じ建物なことだけど。そう思いながら、二人に座るよう促す。
「お茶入れますね」
「悪いね」
「あ、先客?」
佐伯の顔を見た島田がペコッと頭を下げる。佐伯は二人に向って軽く会釈した。
「めっちゃ美人…もしかして芸能人?」
自分も芸能人な島田が佐伯の顔をまじまじと見て訊く。
「失礼だよ…島田君…」
水谷は佐伯に顔を近づける島田の肩を引っ張った。
「いえ…公務員です」
「すげー…公務員、初めて見た…」
「バカだね…役所に行けば見れるでしょ。警察官だって公務員だし」
「あ、そっか」
二人のやりとりを見た佐伯は思わずクスッと笑ってしまった。
お茶を持ってきた木田が佐伯の隣に座り、紹介を始めた。
「マネージャーの水谷さん」
「初めまして水谷です」
「こっちがバンドでベースを弾いてる島田君」
「ども」
「彼は…俺が片想いしてる佐伯さん」
三人は”どうも”と頭を下げ合った後、ハッとして一斉に木田の顔を見た。
佐伯と水谷が口を開けたまま固まっていると、島田が身を乗り出して佐伯の顔を見ながら言った。
「あれ、佐伯さんて女ですか?」
「…いえ…」
「まあ、こんだけ美人なら惚れちゃいますよね」
島田はうんうんと納得した様子。
「データ持ってきます」
「よろしく」
茫然とする佐伯と水谷を残し、木田が寝室に入っていく。
「はぁ…木田君まで…」
ため息をついた水谷が、頭痛がするかのように額に手をあてた。
「そっか、木田さん買いだけど、でも佐伯さんも男じゃなぁ」
「島田君…」
「マジで木田さん買いっすよ。真面目で浮気しないし、確かに収入は不安定だけど、木田さんて無駄遣いしないでしょ。貯金しときゃいいんだし。あ、佐伯さん、公務員なら完璧じゃん」
「島田君…」
「俺が女ならマジで木田さん買いだけどな。佐伯さんもそう思いません?性別さえ何とかなれば…てか、佐伯さんさえよければ、男でもいいんじゃないっすか?」
佐伯は驚いた。何の嫌悪感もなく“いいんじゃないっすか”と言う島田の反応に。そして何より、同僚の前で堂々と男に片想いしているとカミングアウトしてしまう木田に。
唯一水谷だけが世間並みの反応をして落ち着かない様子を見せた。
「これ、パスワードはthe24cmで」
「了解!」
木田がUSBを島田に渡し、それを受け取った島田は敬礼して見せた。
「あ、あのさ…木田君…」
再び佐伯の隣に座った木田に、遠慮がちに水谷が話しかける。
「木田君は良識のある大人だから…その…知ってると思うけど、そういうことあまり人前で言わない方がいいんじゃない?」
「そういうこととは?」
「だから…その…男性に片想いしてること…佐伯さんの立場もあるし…」
「わかってます。きちんと相手を選んで話しています」
木田は爽やかにニッコリ笑った。
「受け入れらない人がいるのも事実ですし、これをネタに陥れようとする人もいるでしょうから、信用できる相手にだけ打ち明けてます」
「でも…」
「二人は東京の家族のようなものだから、家族には大事なことは話しておかなければと思って」
「じゃあさ、佐伯さんがOKしたら、そん時は俺の兄貴の恋人ってことじゃん。ちゃんと報告してよ」
島田がポンと木田の肩を叩く。
「いや…っていうか…島田君に話してる時点で相手を選んでないと思うよ」
「何っすかそれ!俺だってバラして良いことと悪いことぐらいわかってます!」
「じゃあ、なんで僕とカミサンがケンカしてるの言いふらしたの?」
「それって面白ネタでしょ?」
“家族には大事なことは話しておかなければ”…か。僕と木田さんが付き合うことになったら…木田さんは僕を家族に紹介するだろう。そして両親に紹介されて、勘当されることになったら…僕のせいだよな。木田さんを思って毎月野菜を送ってくれるお母さんに、木田さんが二度と会えなくなったら…
島田と水谷の騒がしいやり取りの中、一人深刻な顔でうつむく佐伯の顔を木田は横目で見つめていた。勝手に二人に話して怒ってるかな。佐伯さんと二人の生活に接点がないとはいえ…気を悪くしちゃったかも。
木田と佐伯の悩みをよそに、島田は“じゃあ、また”と敬礼をし、水谷は“お邪魔しました”と軽く頭を下げて帰っていった。
「佐伯さん…すみませんでした」
え?っと佐伯は木田の顔を見る。
「佐伯さんの許可なく勝手に話してしまって…」
自分が落ち込んでいたから、木田に余計な心配をかけてしまった。佐伯はそう思って笑顔を作った。
「いえ、いいんです。むしろ堂々と話してくれて嬉しかった」
それが本心だった。これまでの男たちは、自分の知り合いに佐伯が恋人だと紹介してくれなかった。いつも友達とか同級生などと紹介されていた。はっきりと自分の大事な人たちに片想いの相手と言ってくれた木田は、恋人になっても堂々と佐伯を“俺の恋人です”と紹介してくれるだろう。
そうなったらそうなったで、恥ずかしいしだろうし、いたたまれない気持ちになるかも知れないし、相手の反応に傷つけられるかも知れない。それでも…はっきり自分の恋人だと紹介しもらったら、どんなに嬉しいだろう。どんなに幸せだろう…島田さんの言う通り木田さんは買いだ。
でもそんな木田さん惑わせたくない…でも…好きだ。もう取り返しが付かないほど木田さんが好き。どうしたらいいんだろう…
途方にくれてしまった佐伯を木田はじっと見つめていた。やっぱり紹介する前に同意を得るべきだったな。そもそも片想いの相手ですって紹介の仕方はどうかと思うよな。恋人ならまだしも…
「佐伯さん…次からは前もって佐伯さんに同意を得ます」
「そうじゃなくて…」
佐伯は泣きそうになった。もうどうしていいかわからない。木田が好き。でもこんな真っ直ぐな木田の人生を曲げたくない。どうしよう…
思考力のキャパシティーを超えてしまった佐伯は、自然と木田に向って両腕を伸ばしていた。理由はない。ただ自然に。
木田はその体を引き寄せてしっかりと包み込んだ。これで佐伯さんが少しでも癒されるなら…このまま押し倒したいのをぐっと堪えて、木田は佐伯を抱きしめ続けた。
◇ ◇ ◇
「すみません…」
しばらくじっと抱きしめられていた佐伯は、思考力を取り戻して体を離した。
「いえ、こちらこそ…」
木田はまだ、佐伯が自分を勝手に紹介したことで動揺していると思っていた。
「すみません、勝手に…突然あんな風に紹介されたらビックリしますよね」
「はい。ビックリしました。普通は誰にも言わないから」
「ですよね…」
「驚いたけど、嬉しかった。嬉しくて…」
また泣きそうになってしまい、佐伯は立ち上がった。
「僕もこれで失礼します。明日仕事だし」
「そうですね…」
木田はもう少し佐伯と一緒にいたかった。部屋に戻って泣くであろう佐伯を独りにしたくなかったから。でも今の自分の立場でそれは言えない。
「じゃあ、気をつけて」
「エレベーターで降りるだけですよ」
最後に顔を歪めながら微笑んで、佐伯は自分の部屋に帰って行った。
ともだちにシェアしよう!

