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第4話 鍵とカーテン

やってしまった。 汚してしまった。 その言葉がぐるぐる頭を回っていた。 こんこん。 窓を叩く音がする 「(りょう)くん?」 小さく、小さく、(ひかる)さんが俺を呼んでる。 瑆さんの手を…。 瑆さんの手で…。 「うわあっ」 俺は叫んで、布団に潜り込んだ。 体に布団を巻きつけてこれでもかと丸まる。 なんで。 なんで。 急に込み上げて来た恥ずかしさにいたたまれず。 ベッドの上を丸まったまま、ごろごろ転がった。 どれだけ転がって見ても頭の中で容易に再生される、生々しい映像。 小さな掌から伸びる白く細い指が、俺のペニスに絡んで。 俺のカウパー液で濡れた指が。 「うわあ…」 叫んでも叫んでも、消えない。 感覚も、快感も消えない。 また熱を持ち始めた股間に嫌悪さえ覚えた。 「…良くん?」 瑆さんが呼んでる。 なんで、瑆さんは平気なんだ。 慣れてるから? 慣れてるから、俺のも平気で触るし、舐める? 「………っ」 赤い舌が掬い取った白い液体は口の中へ入っていった。 俺は平気じゃない。 瑆さんにイかされた。 瑆さんの手で、イった。 瑆さんの手に精液を、かけた。 ………。 無理。 俺はもう、瑆さんに会えない。 それから俺は瑆さんを避けまくった。 ベランダのカーテンも鍵も、その日から一度も開けていない。 登校時間は天くんにこっそりメールして、勉強するからと嘘をついてずらした。 帰宅もこっそりと暗くなってから。 それまでは学校の図書室で過ごしたり、友人の部活を見学したりして過ごした。 帰宅してからも、部屋へはこっそり荷物を置きに行くだけで居間で過ごした。 部屋に戻るのは夜遅く、親が寝る、と言う頃にやっと戻る。 それを知った天くんが、これまたこっそりやって来たけども。 俺が瑆さんを避けているのは天くんにはバレていただろうが、何も言わないし聞いてこない。 むしろ独り占めできると喜んでさえいるようだった。 俺はと言うと。 避けまくってる一方で、夢の中でまであの日の出来事を再生してた。 必然的についてくる股間の高まり。 でも、部屋では抜くことが出来なくて、いつも風呂場かトイレで。 起因となったエロ本は翌日に返却させて貰った。 興味津々に「どうだった」と聞いてくるクラスメイトに曖昧に「よかった」と答えたら、また貸してやると言われた。 その後日、そのクラスメイトが別のを持って来てチラ見させてくれたが、困ったことにもう俺に興奮の高まりがやってこなかった。 不能になったわけじゃない。 ただ対象が限定されてしまっただけだ。 そう。 俺は瑆さん以外では抜けなくなってしまっていた。 俺のオカズはあの日の瑆さん。 と言うか、手?指?舌? そんなこと知りもしないだろう瑆さんは、天くんによると変化なく日常を過ごしているらしい。 やっぱり。 俺ばかりが意識して、避けまくってるんだ。 瑆さんにとって、俺ってやっぱり、いつも相手してる下半身の友達と一緒なんだ。 その結論に到達したのは、あの日から2週間ほど経ってから。 勝手に自己嫌悪に陥って、羞恥に顔も合わせられないのは俺だけだと言う事実と、なんで部屋で過ごさないんだ、と言う両親の痛い視線も相まって、俺は以前と同じように部屋で過ごすようになっていった。 けれども鍵もカーテンも閉めたまま。 そんな日がどれだけ続いたのかわからない。 1ヶ月か、2ヶ月か。 瑆さんが部屋へ侵入してこない日常に慣れた頃。 そっと窓は叩かれた。 もう、外は暗かった。 小さく、気のせいかと思うぐらい、微かな音だった。 きっともう、瑆さんは俺の部屋へ訪ねてこないと思い込んでいた俺は、音の主は天くんだと思って。 不用意に近付いて、カーテンを開けた。 直後にまた閉じる。 なんで? なんで瑆さんがいる? 俺はまたパニックだ。 変な汗が噴き出してくる。 だめだ。 やっぱり、だめだ。 そっとそこから離れようとすると、小さな声が聞こえた。 「…良くん…」 俺の足が止まる。 「…怒ってる?…」 は? 怒るとか、そう言う問題じゃなくて。 「…怒ってるから、僕と、会ってくれないの?」 俺はその場で硬直したまま動けない。 「…天とは、会ってるんでしょ?…」 まるで。 まるで、子供の喧嘩みたいに、瑆さんは言う。 でも。 そうゆうのじゃない。 もっと、もっと、深い、と言うか、なんと言うか。 「…良くん、口もきいてくれないの?…」 変わらず小さな声に、びくっとした。 いや、まさか。 俺はゆっくりと振り返る。 「ここも、開けてくれないし。顔も、見たくない?」 ありえない。 いや、そもそも。 見たことない。 「嫌いに、なっちゃった?…僕のこと…」 そっと俺はカーテンに隙間を作って覗き込んだ。 「…良くん…」 俯き加減の瑆さんは俺が覗いていることに気付いてない。 伏せられた睫毛に小さな水滴と、目尻から濡れた線が。 泣かせた⁉︎ 俺が勢いよくカーテンを開けると、瑆さんが顔を上げた。 「良くん?」 「怒ってませんっ」 叫ぶように言うと、瑆さんの眉が寄せられる。 「…ほんと…?」 「本当です!」 俺を見上げながら、瑆さんが数度瞬きをした。 その度小さな飛沫が飛び、目尻から水滴が零れていく。 わわっ、泣かないで! 「本当に怒ってませんから!」 必死で訴えると、瑆さんは目尻を擦りながら言う。 「…じゃ、ここ開けてくれる?」 開けますよ、開けますとも! 俺は慌てて鍵を開けて、サッシもカーテンも全開にした。 「…良くん…」 全開にしたのに、瑆さんは入って来ようとしない。 俺を見上げては俯いて、目を擦っては顔を上げて。 「…怒ってたわけじゃ、ないんです。…その、恥ずかしかった、だけで…」 本当はそれだけではない。 もっと、複雑な、色々な感情があるわけで。 でもそれを言うタイミングじゃない。 「…ほんと?」 俺を見上げてくる瑆さんに大きく頷く。 瑆さんはやっと、小さく笑った。 「だから、入っていいですよ?」 瑆さんはゆっくりと大きく首を振る。 「開けてくれたから、もういい」 「え?」 入りたくて開けろって言ってたんじゃないの? 首を傾げる俺に瑆さんはにっこりと笑いかけた。 「今日は遅いから」 まあ、遅いけど。 前は平気で出入りしてた時間ですよ? 「また、明日、ね?」 確認するように言う。 「はい」 明日も開けてくれるか、って意味なら、頷くよりない。 泣かれるぐらいなら、俺の羞恥など、大したことない。 「おやすみ、良くん」 涙を擦ったせいで少し赤くなった目元が痛々しいまま、瑆さんは笑って手を振る。 「おやすみなさい」 俺も手を振り返すと、満面の笑顔で帰って行った。 こうして俺は、ベランダの鍵を掛けられなくなり、留守と寝てる時以外カーテンを閉められなくなった。 当然、部屋で自慰に耽ることも出来なくなったわけだ。

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