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第12話 押し問答の末

俺の言い分に矛盾があることに気付いたのだろう。 (ひかる)さんは顔を上げ、首を傾げる。 「…彼女、に、操立て?ってやつ?」 上目遣いに口元に手を当てながら、小さく尋ねられた。 「いいえ」 俺は即答する。 と言うか、立てる義理もない。 「てか、彼女じゃないです」 付き合ってないし、まだ友達っぽい関係でしかない。 例え彼女にこの事を知られたとして、文句を言われる筋合いはない。 …言わないけど… 「………」 「………」 堂々巡りな押し問答のようで、二人共黙り込んだ。 したくない、でも嫌じゃない。 言い張る俺に瑆さんは溜息を吐きつつ、離れていった。 その様子を呆然と目で追いかける。 溜息を吐かれてしまった事実に俺は、項垂れた。 いや、こんな事初めてだから。 瑆さんはどんな時でも俺に呆れたりとか怒ったりとか、そういう否定的なことはしなかった。 いつでも、すごいね、良くん、って感じで、肯定的。 さっきだって、童貞の拙い腰使いに「気持ちいい」って言ってくれたし。 例えお世辞だとしても嬉しかった。 いつでも肯定的で笑ってくれる瑆さんに勇気付けられて来たのに。 あ、なんかすごく、落ち込んで…きた…。 瑆さんが服を着込んでいるだろう衣擦れの音が遠くに聞こえた。 したいです、とは、言えないんだから、仕方ない。 言いたいのはやまやまだけど。 それじゃあ、他の男達と一緒だろ? 一緒にされたくない。 俺は、瑆さんのお隣さんで幼馴染で。 仲良くて。 あんな奴らとは違うんだ。 でもここで下半身の友達…、要するにセフレの仲間入りしてしまうのは俺の立場が降格する気がする。 勝手な思い込みだけど。 瑆さんのセフレって何人いるかも、実際に会ったことも話したこともないけども。 「(りょう)くん」 不意に呼ばれて顔を上げると、瑆さんが覗き込んでいて。 間近に瑆さんの微笑みがあって驚いた。 「…は、はい」 戸惑いながらも返事だけはする。 習性みたいなもの。 瑆さんはなんで笑ってるんだろう。 俺に呆れたんじゃなかった? …溜息吐かれてショック受けてたんですけど? 「したくないけど、嫌じゃない、んだよね?」 俺の言い分を繰り返す瑆さんに小さく頷いてみせた。 「…はい…」 「うん、わかった」 瑆さんがにっこり頷いて、踵を返した。 「え?」 わかったって何が? そのままベランダから出て行こうとした瑆さんを思わず追いかける。 「瑆さん?」 ベランダに一歩踏み出していた瑆さんが振り向くと、やはり笑顔を浮かべていて。 俺は一体どういう展開になったのか飲み込めず、ただただその笑顔を見つめ返した。 「僕、勝手に良くんを襲っちゃうね」 「は、…は⁈」 うふふふ、と酷く楽しそうな笑い声を漏らした瑆さんはそのまま柵を乗り越えた。 ゆっくりと向こう側へ降りると柵の上に、両手を重ねてその上に小さな顎を乗っけた。 「だってぇ、良くん、嫌じゃないんでしょ?」 「…はい…」 改めて、確認? 「僕は良くんとしたいから、襲うの」 「はあ?」 え、いや、だって。 「嫌だったら良くん、拒めばいいし」 「………」 でも嫌じゃないから、拒まない。 結果…。 ………。 また瑆さんはうふふふ、と笑う。 「じゃあね。僕、シャワー浴びなきゃ」 そう言われて、俺はさっき瑆さんの中に出してしまった物を思い出し、かあっと顔が熱くなった。 それを見ながら瑆さんは手をヒラヒラ振りながら、自分の部屋へ入っていった。 なんか。 なんか、やられた、って感じ? 一枚上手? 俺が悩んだのはなんだったの? てか。 これで嫌が応にも下半身のお友達決定では? 結局、こうなるのか…。 この時点で俺が心配していたのは瑆さんとの関係の変化だった。 セフレ化してしまうことによって出てくる変化や弊害。 確かに変化はあった。 だがそれは変化というよりは追加された感じだ。 以前同様瑆さんによる俺の下半身への悪戯に、挿入という悪戯が追加されただけ。 まあ、そんな簡単なものではないけれど、瑆さんの様子は簡単そのもの。 何も変わらない。 俺の部屋でくつろいでいた瑆さんが、静かに近付いてくる。 その気配に俺は期待を含めて緊張する。 俺を窺い見ながらするすると下半身目指して手を伸ばし、悪戯を始める。 反射的に体をビクつかせる俺を、瑆さんは楽しそうに見る。 今までのように扱くだけで終わる時もあるけれど、挑発的にぺろりと舌舐めずりすると、いとも簡単に跨ってくる。 俺の絶頂まで律動を繰り返し、射精を受けると「シャワー浴びなきゃ」とご機嫌で帰っていく。 後々気付いたことだが。 いくら慣れてるとはいえなんの準備もなしに、異物である俺のペニスを受け入れることなどできない。 当たり前だが。 つまり。 俺を拗ねた様子で襲ってきた日も、その後悪戯をする日も、瑆さんは事前に準備をして俺の部屋にやってくるのだ。 俺の部屋にやってくるときには、瑆さんのどういう基準かわからない都合で、今日は手や口だけ、今日は挿入までと決めていることになる。 機嫌が悪い、なんだかわからないけど拗ねてる、とあの日思ったのは、演技だったのか。 瑆さんは果たして天然なのか、したたかなのか。 俺にはさっぱりわからない。 振り回されるばかりだ。 そんな中でも彼女から連絡が来る。 実はあの日、瑆さんと寝た日にもメールが入っていた。 俺は返事をすることができず、スルーした。 翌日、平謝りしたが。 『今、電話で話せる?』 瑆さんは当然俺のすぐ側にいて、マナーモードの振動音にちらりと視線を投げてきた。 まだ連絡取り合ってるんだ、と言われてるようで、居心地悪い。 瑆さんはそんなこと思ってもいないかもしれないけども。 『ごめん、今ちょっと都合が悪い』 俺はそう返信した。 都合が悪いってなんだ。 自分でツッコミを入れる。 けれど彼女は。 『そっかぁ、残念』 帰ってきた返信に、俺はしばし考え込んだ。 このままじゃいけない気がする。 瑆さんとどうこうより、彼女は俺と付き合いたいと思ってるんだという事実をこのままにしておくのは不誠実だと思う。 『その代わりに明日にでも直接ちょっと話せるかな』 決着を付けなくてはいけない。 俺はそう決断した。

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