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第13話 決断
俺は三上さんを昼休みに校庭裏に呼び出した。
別にそんな人目を憚かるような場所じゃなくてもいいのだが、彼女が恥ずかしいというのと、話そうと思ってる内容があまりいい話ではないので、俺も了承した。
俺より先に来ていた彼女が、はにかみながら小さく手を振る。
二人で出かける時もそうだった。
俺は待ち合わせの5分前には到着する主義だが、彼女はいつも俺より早い。
そして俺を見つけるといつも軽く頬を染め嬉しそうに手を振る。
あからさまな好意に悪い気はしないが、この日は違う。
後ろめたさ、罪悪感を煽られる。
「津田くん、話ってなあに?」
彼女の表情は明るい。
もしかして、期待させてしまったのだろうか。
彼女にしてみれば俺たちの関係は順調だったはず。
二人で出かけても沈黙が少なくなったし、それなりに楽しんだ。
電話もメールも。
俺も順調だと思っていた。
このまま彼女と過ごす時間を増やせばいつか交際に発展するかもと、少なからず思っていたんだ。
でも。
「三上さん、ごめん」
「え」
俺が切り出した言葉に彼女の顔色が変わる。
顔を見ていられなくて。
俺は目を伏せた。
「俺はやっぱり君とは友人以上には付き合えない」
沈黙が重い。
耳鳴りがしそうなほど、空気が張り詰めて感じる。
俺はひたすら彼女の言葉を待った。
「…なぜ?…」
小さく呟いた彼女は、瞳を潤ませ俺に詰め寄りさらに問い詰めてくる。
「なんで!?」
俺の中で瑆 さんの存在が大きすぎたんだ。
ただのお隣さん。
幼馴染。
で、片付けるには大きすぎて。
影響力もある。
恐らくは瑆さん的に軽いノリだったとしても。
その行動に深い意味なんかなくても。
俺にとってはいつも大きな意味がある。
それを三上さんに説明できない。
「私のことが嫌い?」
なんでみんなおんなじ事を聞くんだ。
「嫌いじゃない」
大っ嫌いな人間なんてそうそういるもんじゃない。
世の中には好きと嫌い以外にもっと複雑な感情があるだろう?
それだけで全てが決まるわけじゃないんだ。
「ただ友達以上に好きになれる自信がない」
「それでもいいっ」
彼女が髪を振り乱して縋り付いてくる。
軽く体を揺さぶられ、合わせるように俺の胸も痛んだ。
俺は三上さんの手に自分の手を添えることもできない。
ただ体を揺さぶられても決心は揺るがない。
もう決めたから。
「俺は、良くない」
今度はちゃんと目を見て話す。
「三上さんの事が嫌いじゃないから、そんな不誠実な事できない」
そんなに器用な人間じゃないんだ。
瑆さんと肉体関係を持ちながら、それを隠して三上さんと付き合うなんて出来ない。
それが出来れば…。
いや、真実を知った時に彼女は少なからず傷つく。
傷つくのが早いか遅いか、深いか浅いか。
その違い。
どちらがより深く傷つくかなんて、俺にはわからないけれど。
少なくとも、誠実な対応だと思える方を選んだ。
俺の真意を確かめるようにじっと目を覗き込まれる。
これが俺の真意。
だから俺はその瞳を見つめ返した。
「うまく行ってると思ってた」
少し涙声に胸がずきりと痛む。
うん、俺も。
「私の事、好きになってくれるって…」
うん、俺もそうかもしれないと思ってた。
でも三上さんより遥かに瑆さんの存在が大きすぎた。
それに気付かされただけだった。
「他に好きな人がいるの?」
そう聞いてくる彼女に応えることもできず、俺はただただ「ごめん」を繰り返した。
吉山が俺の教室に押しかけて来たのはその日の午後。
さすがに早い。
「お前、三上さんを振ったんだってなっ」
焦った顔でやって来た吉山を見て、そう言えばこいつの紹介だったと思い出した。
すっかり忘れてたが。
吉山の彼女の友達だったな、三上さん。
吉山的に俺と彼女が上手くいけば、彼女にとって自分の株があがると思ってるんだったっけ。
忘れてた、ごめん。
「ごめん、正直な気持ちを伝えさせて貰った」
吉山は顔をぐしゃっと歪ませた。
「なんでだよぉ、すっげぇ上手くいってるって聞いてたのに~」
「だからだよ。友達以上にはなれないってわかったんだよ」
わしゃっと髪を掻き毟った吉山の肩を叩いた。
「悪いな。でもいい子を紹介してくれてありがとう」
彼女は何も悪くない。
俺が悪いだけ。
吉山はそんな俺を微かに見上げながら、言う。
「…絵里が…」
「え」
絵里、って、ああ、吉山の彼女か。
結局苗字聞いてないな。
「…津田くん好きな人がいるんじゃないの?って言ってたけど…」
「………」
三上さんにも聞かれたな…。
「どうなんだよ」
「…わからない」
「わからないってなんだよ」
そのままの意味なんだけど。
「考えたことなかったんだよ、そうゆう風に。でも、俺の中ですごく存在感がある人ならいる」
何も拒めないくらい。
些細な言動に惑わされ、振り回されてしまうくらい。
「…そう言うの、好き、って言うんだろ」
「…わからない…」
そんな言葉では片付かない。
片付けたくない。
気も、する。
ほんと、わからない。
つい俯いて考え込んでいると、大きな溜息を聞いた。
「…わかったよ」
顔を上げると吉山が困ったように頭を掻いていた。
「俺もお前の都合とかよく聞かなくて、強引だったし」
変に下手に出始めた吉山に戸惑う。
「…いや、俺も何か変わるかと期待してたから」
なんも変わらなかったけど。
思い知っただけだったけど。
「三上さんには言ったのか?そう言うの」
「言ってない」
言っていいものかわからなかったのもあるし、上手く彼女が納得できるように説明できる気がしなかった。
「そうか」
ぐしゃぐしゃ髪を掻きむしりながら吉山が溜息のように言う。
「絵里に話してみるよ」
「………」
「で、話した方が良さそうなら話すけど、いいか?」
「…ああ…」
それで彼女が納得できるなら。
俺を諦められるなら。
その方がいい。
出来れば、すぐにではなくても、彼女に幻想ではない恋人ができてほしい。
綺麗事かもしれないけれど、本気で思ってる。
もう一度大きな溜息を吐いた吉山が、じゃ、と片手を上げた。
「…悪かったな、吉山」
「いいって。もしその人と上手くいったら俺にも紹介しろよ」
「…ああ…」
去っていく後ろ姿を見送って、俺は溜息を吐いた。
紹介、できるかな。
無理だな。
そもそも彼女、じゃないしな。
紹介したら引かれそうだ。
………。
瑆さんと上手くいく、ってどういう状態なんだろう?
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