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#2/4:ペントハウスの静寂、あるいは甘い籠絡

九条(クジョウ)が会社へ向かった後、悠真(ユウマ)は独り、タワマン最上階のペントハウスで身悶えていた。 コンビニで買ってきた市販の解熱剤では、ヒートの熱を完全に抑え込むことはできない。身体の奥底から込み上げる疼きに抗いながら、意識が混濁していく。 (……課長(クジョウ)は、どうしてあんなに平然としていられるんだろう) 彼は責任感が強い人だ。ヒート中のオメガを放っておくわけにはいかないという義務感から、自分の身体に触れることもなく、ただ管理下に置くことを選んだのだと、悠真(ユウマ)は自分に言い聞かせていた。 どれほどの時間が経ったか。激しい渇きと火照りの中で目を覚ますと、下着は熱と愛液でぐっしょりと湿りきっていた。 絶望的な羞恥に襲われながら、ベッドサイドに用意されていた着替えのボクサーパンツに手を伸ばす。必死の思いで着替えたものの、汚れた下着をこのまま放置するわけにもいかず、悠真(ユウマ)はふらつく足取りで洗面所へ向かった。 冷たい水で下着を揉み洗いしていると、不意に玄関のロックが解除される音がした。 「…… 田中。何をしている」 背後からの声に、悠真(ユウマ)は心臓が跳ね上がるほど驚いた。振り返ると、そこには眉をひそめた九条が立っていた。 「か、課長……っ!?」 「寝ていろと言ったはずだ。なぜ起きている」 九条(クジョウ)が近づいてくる。隠そうとしたが、手の中には濡れた下着が握り込まれていた。 「……っ、ダメです! それは……僕が自分で洗いますから!」 悠真(ユウマ)は必死に下着を背中に隠した。九条(クジョウ)が手を伸ばしてきても、頑なに渡そうとしない。あまりの必死さに、九条(クジョウ)は一瞬だけ呆れたように目を細めた。 「何をやっているんだ、お前は。……そんなものを持ち歩いて、恥ずかしくないのか」 「恥ずかしいから隠してるんです! ……とにかく、課長はあっちへ行っててください!」 だが、圧倒的な体格差には抗えない。九条(クジョウ)はため息交じりに悠真(ユウマ)の手から濡れた布地を取り上げると、そのまま迷うことなく洗濯機へと放り込んだ。 「……汗でシーツも随分と濡れているな」 九条(クジョウ)はベッドへ戻ると、シーツの湿り具合を確認し、悠真(ユウマ)を値踏みするように見た。 「これも汚れている。替えを持ってくる」 「それは無理です! 自分でやりますから……!」 「やるって、どこに何があるか分かってないだろう」 九条(クジョウ)悠真(ユウマ)の抵抗を意にも介さず、手慣れた様子でシーツを剥がしていく。あくまで「体調不良の部下の世話をしている」という、淡々とした義務感のこもった手つきで。 ◇ 翌朝、ヒートの波が引き、身体が落ち着きを取り戻した頃だった。 九条(クジョウ)は朝食のコーヒーを飲み終えると、悠真(ユウマ)を真っ直ぐに見据えた。 「いくつかルールを決めておこう」 「え?」 「同居のルールだ。曖昧なままだと面倒だろ」 「同居ですか?」 「会社では今まで通りな」 「え、えぇ」 「この共同生活のことは、誰にも言うな」 「は、はい」 九条(クジョウ)の淡々とした口調に、悠真(ユウマ)は小さく頷く。 「それから」 九条(クジョウ)はコーヒーカップを置き、わずかに眉間に皺を寄せた。 「体調が怪しい時は隠さない。隠し事は無しだ」 自分の身体を逐一管理されることへの気恥ずかしさと、逆らえない安心感が胸の内で混ざり合う。悠真(ユウマ)は言葉を探しながら、力なく頷くしかなかった。 「……わかりました。ご迷惑はかけないようにします」 「……寝室は別だ。お前はゲストルームを使え」 九条(クジョウ)が最後にそう付け加えたとき、悠真(ユウマ)の胸の奥で小さな痛みのようなものが走った。九条(クジョウ)の態度は、あくまで「上司と部下」という境界線を絶対に越えない、鉄壁の態度そのものだった。 「……ありがとうございます」 「リモートワークの際は、俺の書斎を使え。会社の会議に出る時は……」 九条(クジョウ)はパソコンの方へ視線を流し、少しだけ意地悪そうに口角を上げた。 「必ずバーチャル背景を設定しろ。ここがどこか分からないようにするんだ。……いいな?」 「……はい、承知しました」 悠真(ユウマ)は反論するどころか、すべての指示を素直に飲み込んでいた。 ヒートは終わった。なのに、自分は帰らない。なぜ帰らないのか、悠真(ユウマ)にもよくわからなかった。ただ、なんとなく、それでいいような気がした。 つづく

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