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五分の約束
夜の街はもう街灯だけが静かに歩道を照らしていた。店を出ると、さっきまでの賑やかさが嘘のように静かだった。
凪は怜央の背中を追いながら、小さくため息をつく。こうして二人きりになるのはいつぶりだろう。高校を卒業してからは、お互い仕事に追われ、連絡を取り合うこともほとんどなかった。会うとしても、こうして誰かを交えた集まりばかりだ。
それなのに、隣を歩くことに不思議な違和感はない。昔から見慣れた背中だからか。それとも、怜央という人間が昔と何一つ変わっていないからか。本人は何も考えていないのだろう。
しばらく歩くと、見慣れた公園が目に映る。昔、よく二人で遊びに来ていた公園だった。タコの形をした滑り台は、あの頃と変わらずそこにあった。色は少し褪せ、ところどころ塗装も剥げている。それでも、その姿を見るだけで当時の記憶が鮮明に蘇った。
「……なんでここ」
思わず零れた呟きに、少し前を歩いていた怜央が足を止める。
「俺らのデートスポットでしょ」
「全然違うけど」
即答だった。怜央は「えー」と不満そうに口を尖らせる。
「どうする? 昔みたいに鬼ごっこでもする? 駆け落ち鬼ごっこ」
「なにそれ」
「凪くんが俺のことを『もう全て捨てて君と一緒にいたいんだ』って言いながら、俺を捕まえて」
「ほんとにバカじゃないの」
呆れて言い返しても、怜央は楽しそうに笑うだけだった。思いついた遊びには、決まって意味不明な名前がついていた。本人だけが楽しそうにルールを説明して、結局最後には周りを巻き込んで遊び始める。今もそれは健在みたいだ。
「よーいスタート!」
言い終わるより早く、怜央は公園の奥へ駆け出していく。こうなると、誰にも止められない。
「すーべてー、捨てて俺と一緒になろー」
諦めたように言い放つ。いつも通りだった。怜央は満足そうに笑いながら逃げていく。凪はその背中を追いかけた。
(あれ、また背伸びたな)
さっきまでは何も感じなかった背中も、記憶が蘇った途端、少しだけ大きく見えた。それでも、走り方も、笑い方も、何もかも変わっていないように思えた。
「凪くん、相変わらず遅いね」
振り返った怜央が、悪戯っぽく笑う。
「勝手に始めたの怜央でしょ」
小さく返すと、怜央は楽しそうに肩を揺らした。その笑い方まで、昔となにひとつ変わっていない。変わったのは、背丈くらいだ。
そんなことを思いながら、凪は少しだけ歩幅を広げた。
「疲れた。コンビニにアイス買いに行こ」
約束していた五分なんて、とうに過ぎていた。昔から、怜央に約束なんて言葉はない。それでも、気付けば凪も時間を忘れていた。結局、昔からそれが当たり前だった。
「もちろん怜央の奢り?」
「うん。もちろん! 凪くんの奢り」
悪びれもなく笑う怜央に、凪は小さくため息をつく。そんな他愛もないやり取りを繰り返しながら、二人はコンビニへと歩いていった。
店内へ入ると、怜央は迷いなくアイス売り場へ向かう。なんの相談もなく二つのアイスをカゴへ入れ、そのままレジへ向かった。
「で、ほんとに俺の奢りなんだ」
「うん」
あまりにも迷いのない返事だった。凪は財布を取り出し、代金を支払う。
「ありがとう、凪くん。愛してるよ」
「その言葉、安すぎ」
「アイス二個分くらい?」
「もっと安い」
満足そうにアイスを受け取る怜央を横目に、凪はレシートを財布へしまった。
本当にいい意味でも、悪い意味でも、昔から何も変わらない。
(ほんと、調子いい奴)
そんなことを思いながらも、凪の口元は自然と少しだけ緩んでいた。
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