5 / 11

凪の一日

朝六時。枕元に置いたスマートフォンのアラームが静かな部屋に鳴り響く。 「……ん」 重たい瞼をゆっくりと開く。視界に飛び込んできたのは、昨夜のままのワイシャツ姿だった。 「……最悪」 風呂にも入らず寝落ちしたことを思い出し、小さくため息をつく。ベッドを降りるとそのまま浴室へ向かった。熱いシャワーを浴びると、昨夜の眠気が嘘のように引いていく。 髪を乾かし、鏡の前でネクタイを締める。白いワイシャツに紺色のネクタイ。慣れた手つきでジャケットを羽織ると、教師としての1日頑張っ始まる。 キッチンでコーヒーを淹れ、軽くトーストを口に運ぶ。テレビから流れる朝のニュースを聞き流しながら、腕時計へ目を向けた。 「そろそろか」 食器を流しへ置き、鞄を手に取る。玄関で革靴を履き、鍵をポケットへしまった。 「行ってきます」 誰もいない部屋へ、いつものようにそう告げる。ドアを閉めると、朝の澄んだ空気が頬を撫でた。凪はゆっくり歩き出し、駅へと向かった。 朝の通勤ラッシュの毎員電車は嫌いだ。押し合う人並みも、車内に漂う息苦しい空気も、何度経験しても慣れることはない。吊革を握る腕がぶつかり、足元では誰かの鞄が何度も靴に当たる。それでも、毎朝同じ時間の電車に乗るしかなかった。 (既に帰りたい) そんなことを思っていると、電車は目的の駅へ滑り込む。降車する人の流れに身を任せ、改札を抜けると、見慣れた通学路が視界に広がった。 生徒たちの賑やかな声が朝の空気に溶け込み、凪は自然と教師の表情へ切り替えていく。 「先生おはよー」 「おはよ」 軽く手を上げて返すと、すれ違う生徒たちも次々と挨拶を返してくる。 「先生、今日小テストある?」 「あるよ」 「終わったー」 「だから勉強しとけって言っただろ」 肩を落としながら教室へ向かう生徒たちを見送り、思わず小さく笑みがこぼれる。校門をくぐると、見慣れた校舎が朝日に照らされていた。 「おはようございます。水瀬先生」 「おはようございます」 出勤してきた教師へ会釈を返し、凪は職員玄関で上履きに履き替える。今日もまた、慌ただしい一日が始まろうとしていた。 職員室へ入ると、すでに何人かの教師が出勤しており、それぞれが授業の準備や連絡事項の確認に追われていた。 教師たちに軽く挨拶をすると、自席へ鞄を置き、パソコンの電源を入れた。今日の時間割を確認しながら配布プリントを揃え、ホームルームで伝える連絡事項へ目を通した。 ふと時計を見ると、始業まであと十分ほど。廊下からは登校してきた生徒たちの笑い声や、足音が聞こえてくる。 凪は出席簿を手に取ると、担当クラスへ向かった。 出席簿を片手に教室の前へ立つ。ガラリと扉を開けると、賑やかだった教室が一瞬だけ静かになった。 「おはよー」 凪がいつも通り声を掛けると、 「先生おはよー」 元気な挨拶が教室中から返ってくる。 その直後、 「先生、今日もかっこいいー!」 「今日も大好きー」 あちこちから好き勝手な声が飛び交い、教室はどっと笑いに包まれた。 「朝からうるさい」 苦笑い混じりにそう返しながら教壇へ向かう。 「照れてる?」 「全く」 即答すると、生徒たちはまた楽しそうに笑った。 「ホームルーム始めるから席着いて」 凪が軽く手を叩くと、生徒たちは「はーい」と返事をし、それぞれの席へ戻っていく。 こうして騒がしくも穏やかな一日が始まった。

ともだちにシェアしよう!