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夜のコンビニ
終電間際の電車は、朝の混雑が嘘のように静かだった。窓を映る自分の姿をぼんやりと眺めながら、凪は小さく息をつく。
(今日はさすがに疲れた)
学園祭の準備に追われ、気付けば夜十時を回っていた。一之瀬が手伝ってくれたおかげで、終電には間に合ったものの、身体は鉛のように重い。
やがて電車は最寄り駅へ着いた。改札を抜けると、火照った身体をゆっくりと冷ましていった。
(何か買って帰るか)
夕飯もまともに食べていないことを思い出し、駅前のコンビニへ足を向ける。
自動ドアが開いた、その瞬間だった。
「おっと? 俺の愛しのハニーじゃん」
聞き覚えのある声に顔を上げる。
「え、なんでいんの」
「〝え〟って何? いたらだめなの?」
コンビニの買い物かごを片手に、怜央は悪びれる様子もなく笑っていた。
「だめかも」
「えー、俺傷付いちゃうけど? そんな事より、こんな時間まで何してたの」
「残業」
「こんな時間まで?」
凪は小さく頷く。
「今年、学園祭の実行委員任された」
「凪くんが?」
怜央は一瞬目を丸くすると、すぐに口角を上げた。
「できんの?」
「お前っ、」
呆れたように睨むと、怜央は楽しそうに笑う。
「嘘だよ」
軽く肩を叩き、
「お疲れ様。大好き」
あまりにも自然に言われ、凪は一瞬だけ言葉を失う。
(なんだこいつ)
いつも通りの軽口だった。慣れたようで慣れないこの言葉も、今はむしろ少しだけ肩の力を抜いてくれる。怜央といると考える暇もないくらい振り回されるからだろうか。
「で、何買うの」
怜央は何事もなかったように、店内を歩き始める。凪は小さく息をつくと、その背中を追いかけた。
「とりあえずお腹すいた」
そう言うと、怜央は何か思いついたように、表情をパッと明るくした。
「ちょうどいいじゃん、今から凪くん家で飯食おう。俺もまだ何も食べてないし。ね? いいよね? うん、いいよ! おっけー」
「何勝手に――」
言う隙も与えず、怜央は買い物かごを片手に弁当売り場へ一直線に歩いていく。時間が時間なこともあり、弁当も数少ない。
「凪くんは唐揚げ弁当でしょ」
「そんなガッツリしたものの気分じゃない」
「うん、唐揚げね。おっけ」
「人の話聞け」
怜央は返事をすることなく、迷いなく唐揚げ弁当をかごへ放りこんだ。
「飲み物は? 酒はだめ」
「……じゃあ、ルイボスティー」
「何その洒落た名前。気取んなよ。貴族か」
「……?」
偏見にも程がある。凪は呆れたように息をつく。それでも怜央は気にする様子もなく、ルイボスティーをかごへ入れると、満足そうに頷いた。
昔からそうだ。人の話は聞かないくせに、気が向けばこちらの希望は、ほんのたまに、聞き入れてくれる。本当によく分からない男だった。
「今日は俺の奢りでいいよ。そんなに奢って欲しいって言うなら」
「あざーす」
「え? う、うん。うん? うん。え、俺?」
自分が言い出したくせに、今さら財布を取り出して固まっている。
「お前が言ったじゃん」
「そうだった」
怜央は納得したように一つ頷くと、そのままレジへ向かった。今日はどうやら本当に奢ってくれるみたいだ。呆れながらその背中を眺めていると、不思議と笑みがこぼれた。
二人は買った弁当を手に、コンビニを後にした。
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