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朝ごはん
目覚ましの音で目を覚ます。まだ眠気のある身体を起こし、ベッドの上で小さく伸びをした。カーテンの隙間から差し込む朝日が、部屋を淡く照らしている。昨夜は遅かったせいか、身体が少し重い。ベッドから降り、寝室の扉へ手を掛ける。開けた瞬間、昨夜のことを思い出した。
(そういえば、いたな)
リビングへ目を向けると、ソファには大の字になって眠る怜央の姿があった。かけていた毛布は半分床へ落ち、寝癖のついた髪が顔にかかっている。
――まったく。と、凪は小さく息をつき、しゃがみこんだ。せめて髪くらいは、と額にかかった前髪へそっと手を伸ばす。
その瞬間だった。ぐいと、腕を掴まれる。
「……っ、!」
驚いて視線を上げると、眠たげな目をした怜央がこちらを見上げていた。
「……襲おうとしてた?」
「寝ぼけすぎ」
間髪入れずに言い返す。
「髪が邪魔そうだったから」
「なーんだ。つまんない」
そう言って、あくび一つこぼすと、怜央は再びソファへ顔を埋めた。凪は呆れたように息をつき、掴まれていた腕を軽くさすった。
「遅刻する」
「あと五分」
「……子供か」
返事の代わりに聞こえてきたのは、規則正しい寝息だった。どうやら、二度寝する気満々らしい。
そういえば、昔から朝は弱かった。目覚ましを何度鳴らしても起きず、結局最後は誰かに起こされる。そのくせ、一度起きてしまえば支度だけは異様に早い。そんなところも、昔のままだった。
凪は静かに立ち上がると、その間に朝食の準備でも済ませてしまおうと、キッチンへ足を向けた。
冷蔵庫を開けると、卵が四つと開封したウインナーがひと袋。野菜室にはレタスとミニトマトが少しだけ残っていた。
凪はそれらを取り出し、炊飯器へ目を向ける。昨夜のうちにタイマーをセットしていたおかげで、ご飯はちょうど炊き上がっていた。
(俺、パン派だけど)
普段の朝なら、トースト一枚で済ませる。パンを焼いて、コーヒーを挿れて終わり。その方が手っ取り早いし、食欲もそれほどない。
けれど、怜央は昔から朝は断然ご飯派だった。
「目玉焼きでいいか」
小さく呟きながら、フライパンを火へかける。ウインナーを転がし、その横で卵を割り落とす。じゅわっと油の弾ける音が静かな部屋に広がった。味噌汁までは作る時間はない。それでも、ご飯と目玉焼き、それにウインナーと彩りの野菜くらいなら十分だろう。
皿へ盛り付け終えたところで、ふと手を止める。食卓には二人分の朝食。
「……なんで普段の俺より豪華なんだ」
いつもならトースト一枚で済ませるような朝なのに、思わず小さく苦笑いした。
怜央がご飯派だという、その記憶だけで、無意識にこんな朝食を作ってしまったらしい。
皿を食卓へ運び終えた、その時だった。
「いい匂いする」
寝起きの特有の掠れた声が、リビングに響く。振り返ると、寝癖をあちこちに跳ねさせた怜央が、目を擦りながらこちらへ歩いてきた。まだ完全には目が覚めていないのか、足取りはどこかフラフラしている。
「おはよ」
「……おはよ、ハニー」
欠伸を一つ噛み殺した怜央は、食卓に並んだ朝食を見つめるなり目を丸くした。
「え? まさかだと思うけど俺のためにだよね? 俺のためにわざわざ作ってくれたんだよね?」
「忘れた」
「……忘れたってなに?」
「たまたまだろ」
平然と言ってのけると、怜央は数秒黙り込んだ。それから、ふっと笑う。
「それ絶対、俺のためじゃん」
「忘れた」
「便利な言葉だなあ、それ」
くすくす笑いながら席に着く怜央に、凪は小さくため息をつく。言い返すのも面倒になり、炊きたてのご飯を茶碗によそった。
「遅刻する、早く食べろ」
「いただきマウス」
手を合わせる声だけは、やけに元気だった。そんな怜央を横目に、凪も静かに箸を手に取る。騒がしい朝になると思っていた。けれど、不思議と悪くない。
炊きたてのご飯の湯気が、穏やかな朝の空気にゆっくり溶けていった。
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