14 / 18
思わぬ遭遇
気付けば時計の針は定時を少し過ぎていた。最後の書類を片付け、パソコンの電源を落とす。
凪は机の上を整えると、スマートフォンを手に取った。通知はない。
――後でメッセージ送ります。
そう言っていたはずだが、一之瀬からの連絡はまだ届いていなかった。
凪は深く考えることなくスマートフォンをしまうと、帰り支度を済ませて職員室を後にした。
昇降口へ向かい、靴箱の前まで来た、その時だった。
「水瀬先生!」
聞き慣れた声に顔を上げると、靴箱にもたれ掛かるように立った一之瀬が、こちらへ大きく手を振っていた。
「え、もしかして待ってました?」
「いえ、俺も今終わって、ちょうどメッセージしようかなって思ってたところです」
そう言って笑う一之瀬だったが、肩に掛けた鞄はすでに整えられ、手にはスマートフォンまで握られている。どう見ても、ついさっき仕事を終えた人間には見えなかった。
(……まるであいつだな)
思い浮かんだ幼なじみの顔に、凪は心の中で小さくため息をついた。
「……そうですか。とりあえず行きましょうか」
「はい!」
一之瀬は嬉しそうに頷くと、凪と並んで校舎を後にした。
夕暮れの街を歩き、電車で数駅。改札を抜けると、一之瀬は慣れた足取りで駅前の通りを進んでいく。
「こっちです」
案内された先にあったのは、ガラス張りの洒落たダイニングレストランだった。暖色の照明が店内を柔らかく照らし、外からでも落ち着いた雰囲気が伝わってくる。
「ここ、料理が美味しいんですよ」
一之瀬はそう言って入口の扉を開けた。凪は店内を一瞥すると、その後に続いた。
店内には穏やかな音楽が流れ、仕事帰りと思われる客たちが食事を楽しんでいた。店員に案内され、窓際の二人席へ腰を下ろす。
「ここ、前に友達と来たことがあるんですけど、料理も美味しくて評判なんですよ。しかもお手頃価格!!!!」
一之瀬は慣れた様子でメニューを手に取る。
凪はゆっくりと店内を見回した。木目調で統一された落ち着いた内装に、暖色の照明。騒がしはなく、ゆっくり食事するにはちょうどいい空間だった。
「……いいお店ですね」
「本当ですか? よかった」
一之瀬の表情がぱっと明るくなる。
「水瀬先生はこういう落ち着いた雰囲気がお好きそうだったので」
そこまで考えて店を選んでいたとは思わず、凪は少しだけ驚いた。
「そういうわけじゃありませんが、」
否定しかけて、店内をもう一度見渡す。
静かに流れる音楽と、程よく抑えられた照明は、肩の力を抜いて過ごせそうな空間だった。
「……まあ、好きです」
「でしょうね」
一之瀬はホッとしたように笑い、メニューを開いた。
料理は一之瀬のおすすめに任せることにした。
「外れはないと思います」
自信あり気にそういう姿に、凪は小さく頷く。
「では、お任せします」
注文を終えると、他愛のない話を交わしながら料理を待った。ほどなくして運ばれてきた料理は見た目も華やかで、口に運べば想像以上に味もいい。
「美味しいです」
「でしょう」
一之瀬は嬉しそうに笑いながら頷いた。文化祭の準備のことや生徒たちの話をしながら、食事を進めていた、その時だった。
「――なんなんだ、お前は!」
店の奥から、怒鳴り声が店内に響き渡る。穏やかだった空気が、一瞬で張り詰めた。店内にいた客たちが一斉に声のした方へ視線を向ける。
凪も箸を止め、ゆっくりと顔を上げた。
「――は?」
視線の先では、一人の男が激しく声を荒らげていた。その向かいには、困ったように頭を搔きながら話を聞いている青年がいる。
その横顔を見た瞬間、凪の思考が止まった。
(……なんであいつがいんの)
間違えるはずがない。
怒鳴られていたのは怜央だった。
ともだちにシェアしよう!

